ノックの意味とごんぎつね。

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ノックの意味とごんぎつね。

 自室の扉がノックされる。返事をする前に開けられた。ノックの意味を考えろ、といつも思う。よう、と綿貫が顔を出した。まずは苦情をぶつけるとしよう。 「何でお前は毎度連絡を寄越さず俺んちに来るわけ?」 「みみっちいことを言うなよ田中。俺らの仲だ、気にするな」 「みみっちくはない。あのさぁ、俺は受験勉強で忙しいの。帰れ」  今は九月の頭、二学期が始まったばかり。夏休み中に受けた模試の結果が芳しくなかったため、焦りを覚えながら勉強に励んでいた。土曜日なので遊びに行きたい気持ちはある。それを我慢して机に向かうのはなかなかのストレスだ。それでも志望校合格に向けて頑張る。最近は趣味も自重しているのだ。我ながら受験生の鑑である。 「いいじゃん、ちょっとくらい。息抜きも大事だぞ」  親友は呑気に言う。少し苛立ちを感じた。 「いいよな、志望校の判定がAだった奴は。でも油断していると足元を掬われるぞ」  嫌みが口を突いて出る。 「何だよ、カリカリして。模試の結果が悪かったのか? そういやお前の希望する大学ってどこだ?」  どことなく照れ臭い。放っておいてくれ、とぶっきらぼうに答えた。 「まあいいや。そんなことより聞いてくれよ田中」  その言葉に溜め息を吐く。こう切り出した綿貫のお喋りは止まらない。いさぎよく諦めて鉛筆を置いた。下手に抵抗するより話を聞いてとっとと追い出す方が早い。 「手短にな」 「昨日さ、国語の斎藤先生に褒められたの。夏休みの宿題に読書感想文があっただろ。綿貫君の感想は視点が独特で良かった。先生は個人的に好きだよ。素敵な才能を秘めていると思う。そう言われた」 「何の本の感想文を書いたんだ?」 「ごんぎつね」  頭を抱える。十八歳の男子高校生がごんぎつねの読書感想文を提出しただと。 「何でごんぎつねなんだよ」 「婆ちゃんちへ遊びに行ったら見付けてさ、久々に読んだら物凄く面白かったんだ。いやぁ、ボロボロ泣いた。でも俺、小さい頃はごんの自業自得だと思っていた。いたずらをしたから報いを受けたんだって。だけどこの歳になって真実に気付いた。戦犯はうなぎだ」 「何でだよ。うなぎはごんに逃がされただけだろ」 「あいつがごんの首根っこに巻き付いて、家まで行ったから泥棒だと思われたんだ。逃がしただけだったら兵十も射殺するほどぶちギレなかった」 「逃がした時点でお袋さんにうなぎは食わせられないじゃん。いたずらをしたのに変わりはないし、結局結末は変わらない」 「まあ意見は人それぞれだな。とにかく俺は、うなぎが首に巻き付かなかった場合は話がどう展開するかを考えた。詳細は省くが兵十とごんのハートフルな同居生活が始まるとの結論に至った。それを読書感想文に書いて提出したら褒められた」  ううむ、齋藤先生も変わり者だからな。飼っているフクロウを学校へ連れて来て教頭に怒られている現場を複数の生徒に目撃されている。素手で草取りをしようとして、血だらけになって泣きながら保健室へ駆け込んだという逸話もある。天然なのか、常識が無いのか。若くて見た目は可愛らしいから男子からは人気がある。女子からは半ば馬鹿にされるような扱いを受けているが本人は気にしている様子も無い。そんな人だから、綿貫のごんぎつねに対する素っ頓狂な考察も大真面目に受け止めてくれたのだろう。確かにうなぎが戦犯だと注目する人は珍しい。だが褒めるべきかと問われたら俺は首を傾げる。
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