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Episode1 異変
パリッとした表面と、誰もが好きになる肉汁が溢れるぎゅっと中身の詰まった存在。
――人気な理由も頷ける。
「たなやんってさ。
『自分語り症候群』って感じだよね」
「えっ?」
大学構内にある一番大きい天井吹き抜けの教室で、立ち上がると同時にテキストを鞄にしまうツッチーが、手元を見ながら言った。
「俺が?」
「そっ。たなやんが」
差し出されたA4の束は、昨日の昼、修が学食で貸した文学概論Ⅱのレポートだ。
教科書ならいざ知らず。一体他人のレポートをなぜツッチーが借りるのか。いつだったかわけを聞いたような気もするが、返答はもう記憶の遥か彼方に消えてしまった。
「もしかしなくとも、このレポートの感想?」
「別にそれだけじゃないけど。まぁ、それも」
受け取ったものを仕舞い木製の階段を降りる。
「他のって、先週の経済学のレポートとか?」
「自覚がないってのが、いかにもたなやんっぽいわ」
他愛のない話をしながら、人だらけの構内を抜ける。
「俺、今日もうないけど、たなやんは?」
「あーー」
スマホで授業スケジュールを確認する。
「俺もない。けど坂井さんの近代文学Ⅱって、確かレポート提出明日の四限だよな?」
修は赤字に光る画面の文字を読み上げた。
「四限なら余裕。俺、明日二限からだし」
「 それ寝過ごして、きてから焦るやつじゃん」
「フラグ建てんなよ。つーか、バイトだりぃ」
発言とは打って変わって、涼やかな二枚目の笑顔を一瞥する。
「ツッチーのバイト先ってカラオケだっけ?」
「そこは五月一杯で辞めた」
「なぜに?」
「ンーー?彼女に二股がバレたから?」
「はぁ?またやったん?」
「うん」
それなりに明るい茶髪とその下の切れ長の目は、頻繁に弓なりへと形を変える。
色白で小顔。中性的な顔立ちに二重瞼。世間一般の人を、イケメンとそうでないやつに分類したら、間違いなくイケメンの方に分類されるはずのツッチーは、女癖が悪くその笑みは心臓にも悪い。
「イヤ、まさかよ。まさか。シフト教えてもないのに彼氏のバイト先にくるか?普通。速攻別れたわ」
「それって本命の方?浮気相手の方?」
「ンーー。先に付き合ってた方」
女の子に対しては知らないが、少なくとも修は、ツッチーが嘘を吐いているのを見たことがない。そういう言い方をしたってことは、つまり両方本命ではないということだ。
「最低って言われた?」
「どっちから?」
今度は二択をツッチーの方から尋ねられた。
「どっちもかな」
「まぁ、押しかけてきた方の子には言われたよね」
「もう一人の子は?何も言われなかったん?」
「今のところ言われてないわ。バイト終わりに泣かれたけど、別れたくないって言われたから交際は継続中」
「ふーーん。二股を知っても付き合っていたいなんて、ツッチー愛されてんじゃん」
「まぁ、愛情がないわけじゃないからね。俺」
二股どころか誰も股に掠りもしない修は、最寄り駅でツッチーと別れた。
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