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カランカランと鈴の音が鳴るドアを開いて「ごめんね!田中くん!」と、店長に声をかけられた。
「大丈夫ですよ。別に暇してたんで」
嘘ではない。明日提出のレポートも昨日終えて、今日はゆっくり家で動画でも観ようかと思っていたのだから。
「ほんっと、助かる!」
アラフォーのおじさんの感謝を背に、修はカウンター脇からスタッフ専用の入口を抜け、更衣室の厚い扉を押した。
「お疲れ様です」
無機質に並んだロッカーの前で、Yシャツと店名入りの黒いエプロンを身に着けたバイト仲間の真野さんがいた。
「お疲れ様でーーす」
彼の低音が鉄製のロッカーに吸われる。すぐに無音になった。
(なんかチラチラ見られてる??)
180cmはあるだろう真野さんを、ほんの少し見上げて反応を待つ。
「火曜、先週もシフト入ってませんでした?田中さん」
黒縁眼鏡を拭う彼の眉間に濃く刻まれた皺。自分も眼鏡派なので、修は親近感が湧いた。
「そうなんですよね。また連絡きてたから、つい。ってか、結構視力悪いんですか?」
「嗚呼、はい。つうか、田中さんそんな感じだから、店長に良いように使われるんすよ。ま、自分は助かるんで、良いんですけどね」
同い年なはずなのに、体格や声のせいで五歳くらい年上に見える彼の忠告を、修は素直に受け取ることにした。
「気を付けます」
「別に俺は良いんで」
照れているのか。それともいざという時、修にシフトを代わってほしいのか。
(いや、多分後者だな)
言い出した手前、アドバイスはしたものの、本音では修にこのままでいてほしい。そんな真野さんの思惑が、カウンターへ出る無言の背中から伝わってきた気がした。
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