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ある休日に、ある母と子が家の中でくつろいでいた。
「暇ねえ」
母はソファーに寝そべりながらテレビをみている。
「そうだね」
今年で小学五年生になる子は、床に寝転びながら漫画を読んでいる。
「こんなに天気がいいのに、家にいるのももったい気がするから、どこかでかけましょうか?」
「どこに行くの?」
「そうねえ。裏の森へ行って、久しぶりにおやじ狩りでもしましょうよ」
母がこう言うと、子は初めて漫画から目を離し、顔をあげ、母を見た。少し、目をキラキラ輝かせているように見える。
「じゃあ今日は、おやじの佃煮だね!」
母と子の住む家の裏は森になっていて、そこにはよくおやじが埋まっている。おやじの佃煮は、子の大好物なのだった。おやじの佃煮が好きだなんて、なんとも渋い味覚の子どもだなと母は思っている。母もおやじの佃煮が好きなので、それは喜ばしいことでもあった。
母と子は早速支度をして、裏の森へ入っていった。
「この季節は、よくおやじが埋まっているからねえ」
森の中の小道で、老夫婦とすれ違った。老旦那の方が、中にゴロゴロとしたものの入ったゴミ袋を抱えていて、老妻の方は手に鎌を持っている。彼らも、休日におやじ狩りに来ていたようだ。
「おやじはたくさん採れましたか?」
母が、老夫婦に話しかける。
「ええ、たくさん埋まってましたよ」
老妻の方が、にっこり笑ってそう答えた。
母と子はしばらくその小道をまっすぐに進んで行った。そのうちに道が途切れて、鬱蒼とした森の中に踏み入る。すると早速最初のおやじを子が発見したようで、
「あ、おやじだ!」
と言いながら駆け寄っていった。そこには地面に埋まっているおやじがいた。首から上だけが地上に出ている状態である。年齢は四十代の後半くらいだろうか。頭頂部にほとんど毛のない、貧相な見た目のおやじだった。
おやじは母と子を見ると笑いかけたが、それは明らかに元気のない無理をした笑顔だった。
「やあ、今日はいい天気ですね」
首だけのおやじが、わざわざ話しかけてくる。
「そうですねえ」
と母が答える。
「今日は一体、どんな用事があってこんな森の中へ?」
「おやじ狩りです」
母がそう伝えると、おやじは困った顔をしながら、
「まいったなあ」
と呟いた。
母は鎌を取り出して、そのおやじの首を刈り取った。
おやじの首をゴミ袋に入れると、二人はまた次のおやじを探し始める。
おやじはあまり日の当たらない位置に埋まっていることが多い。湿気が多く、ジメジメした場所を好むようだ。また、眩しさを防ぐためという理由もあるのかもしれない。
おやじ狩りを行う人は、おやじの首を入れる入れ物として大抵は家にあるゴミ袋を使用する。どうしてゴミ袋を使用するのかはっきりとした理由は母も子も知らないが、恐らく誰かがやりだしたことを他の人が真似ていった結果なのだろう。
一、二分辺りを探すと、本日二人目のおやじを、今度は母が見つけた。二人目のおやじは、さっきのおやじよりも太っていて、脂ぎった肌の、やや不潔感の漂うおやじだった。
そのおやじは寝ているようで、ガー、ガー、といびきをかいている。例によって首だけが地上に出ている状態で、このおやじもしっかりと地面に埋まっていた。
「ねえお母さん、刈り取る前に、起こさなくてもいいかな?」
「わざわざ起こさなくていいわ」
母は遠慮なく、寝ているおやじの首を鎌で刈り取った。
その後もおやじは次々に見つかり、二人はゴミ袋に頭を詰めていく。メガネをかけたおやじ、太っているおやじ、禿げているおやじ、いろいろなおやじがいた。埋まったおやじたちは、生気を失ったように顔を青くさせながらも、こちらへ力なく笑いかけてくる。自分が狩られるのだと知ったおやじはみな、まいったなあ、と困った様子だったが、いまさら抵抗しても仕方ないと諦めているのだろう、大人しく鎌で刈り取られた。それに首まで地面に埋まっているのだから、抵抗のしようもないのだった。
おやじの頭は、考えるのをやめて脳が小さくなっているからなのか凄く軽くなっている。十個近く入れても持って帰られそうだ。母がサンタクロースのようにゴミ袋を肩で担ぎ、中で頭がゴロゴロと動いている。
「今日は大漁だね」
「そうね、不景気だから、みんなここへ埋まりにくるのかもしれないわね」
「おやじの佃煮、楽しみだなあ」
「こんなにたくさん採ったら、細かく刻んで冷凍庫に保存しとかなきゃね」
「あと一個採ったらちょうど十個だね!」
「あと一個採ったら、もう帰りましょうか」
二人は楽しげな様子で、最後のおやじを探す。最後のおやじはなかなか見つからなかったが、奥へ五分ほど進むとようやく見つけたようだ。
「あっ」
と声を上げたのは、子の方である。
「あらっ」
と、母も驚きの声を上げた。
そこに埋まっていたのは、母の夫であり、子の父である男だった。首だけしか見えなくなった父は、母と子を見るとばつが悪そうに笑いながら、
「やあ」
と力なく言った。
「あなた、最近見ないと思ったら、こんなところで埋まってたのね」
「実は一ヶ月前にリストラにあってな、どうしようもないから、ここに来て埋まってみたんだ。これがほんとの、クビになった、ってやつかな。ははは」
父は笑ったが、母と子は笑わなかった。
母と子は、顔を見合わせる。
「お母さん、これ、どうする?」
「佃煮にしましょ」
母はそう言うと、鎌を父の首に当てた。
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