8月31日の夜間警備

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 北館に到着した九条は、坂下を探しながら一階から巡回することにした。この学校に到着した時から割と大きな校舎だと感じていたが、各学年に五クラスもあることが納得できる長い白を基調とした廊下が眼前に広がっていた。水道とその横にある雑巾がけが、その長い廊下に等間隔に置かれている。  九条は頭の中で、日中、子どもたちが楽しそうに廊下を行きかう姿を想像する。みんな笑顔で楽しそうにしている光景だ。瞬間、その想像は、落雷と雷鳴によってかき消される。近くに落ちたのか、目を覆いたくなるほどの閃光から轟音までの時間差はほとんどなかった。雷光を失った長い廊下は真っ暗で、やはり、夜の学校は不気味な雰囲気を醸し出していた。九条は、先週自宅で見た邦楽のホラー映画のワンシーンを思い出してしまい、背筋に冷たいものが走った。  小さくかぶりを振り、想像を消し去る。そして、懐中電灯で廊下の奥を照らした、その時だった。背後に何かの気配を感じた。ぱっと振り向き、懐中電灯で照らす。 「うわっ!」  思わず短い叫び声をあげた。目の前に巨大な白色の壁が出現した、と思ったが、その正体は長身の男だと九条は気づく。 「まぶしっ」  男は、目を抑え、顔を背けていた。 「急に、叫んでごめんなさい。坂下さん、ですよね? 警備のアルバイトの」 「……ああうん、そうだけど」  そっけなく男は答えた。  九条は、改めて男の顔を見た。肩の高さまである長い黒髪は、緩やかにパーマがかかっているが、無造作に伸びているだけのように見え、どこか陰湿な印象を抱いた。しかし、細い目にくっきりした二重と高い鼻、薄い唇を見て、二枚目な顔立ちだなとすぐに印象が改まった。年齢は、自分と同じくらいだろうか、九条はそう感じた。 「懐中電灯、おろしてくれない」  坂下は、低い声でぼそりとこぼすように言った。 「ああ、すみません」  九条はすっと、懐中電灯を降ろした。 「九条といいます。坂下さんと同じバイトで、電車の遅延で遅れてしまってさっき来ました、すみません。山田さんに坂下さんと合流してと言われまして」 「ああ、そう」  坂下はまたしてもそっけなくそう返した。この数回のやり取りで、坂下はあまり人とのコミュニケーションを取りたがらない性格なのだと九条は悟った。短期バイトではよくいるタイプの人間だ。 「坂下さんは、警備のバイトは何回かやったことあるんですか?」 「まあ、」 「そうなんですね、じゃあ、色々と教えてください」  九条は、努めて明るい口調で言ったものの、「うん」と、気のない返事で返された。  時間帯と一階で合流したことから察して、坂下は全ての巡回を終えていそうだったが、一通り巡回して、北館を把握しておきたいという九条のお願いから、坂下と共に一階から順に巡回することとなった。
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