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 ボクの職業は愛玩動物。飼育崩壊した家から逃げてきて、炎天下のスーパーマーケットの駐車場で倒れているところを、高野家の長女の舞ちゃんにスカウトされた。その時、ボクは生後六ヶ月。今は七ヶ月になろうとしているところだ。  愛玩動物は忙しい。  主な仕事内容は、高野家の皆さんに「癒し」を与えること。平たく言えば、「カワイイ」と言われることだ。待遇は一日一回の散歩と、朝晩の食事。その他、上手に「お願いポーズ」をしてみせたり、大人しくお留守番が出来たりした時には、おやつが貰える。 「カワイイ仕草」は、テレビやネットの動画とやらで覚えた。これを披露すると、舞ちゃんもお母さんもお父さんも「カワイイ!」と言って撫でてくれたり、おやつをくれたりする。これだけ愛玩動物の仕事をこなしていれば、捨てられはしないだろう。  長男の圭君の前でも「カワイイ仕草」をしてみたが、圭君は、苛立った顔をしてボクを蹴とばしただけだった。お母さんが「圭、やめなさい」と窘めたけど、やめるどころか、それからもちょっと不愉快なことがあると、八つ当たりでボクを蹴る。  まあ、駐車場で野垂れ死にか、保健所で殺されていたかもしれないことを考えれば、このくらいの難点は仕方ないか。  第一、この家はとても快適だ。ベージュ色の壁の二階建て。明るく広々とした居間は、日当たりがよくて、お昼寝には最適! 安心して寝られるって嬉しいなあ。  舞ちゃんと圭君には、小さいながらもそれぞれ個室が与えられている。もちろん、圭君の部屋には入らない。意地悪されるもん。  ボクがよくいるのは舞ちゃんの部屋。舞ちゃんが沢山、ボクをブラッシングしてくれるからね。前の家では、ブラッシングなんてなかったよ。舞ちゃんに「かわいいね、かわいいね」と言われながら優しくブラシで撫でられて、ボクはご満悦だ。  ボクが生まれた家は、夏は外よりも暑く、冬は外よりも寒かった。その家も二階建てで大きかったけど、全然手入れがされてなくて、雨漏りもしていた。 人間は、「ウラニシ」と名乗る年を取った男が一人。あとは皆、猫ばかり。ボクの他に何十匹もの仲間がいて、押し合いへし合いの毎日だった。ボクのお母さんが言うには、ボクと同じ時に生まれたのは全部で四匹だけど、そのうちの三匹はすぐに死んでしまったそうだ。お母さんは、そのことをずっと悲しんでいた。  そんなある日、事件が起きた。 「猫をこれ以上増やすなら、保健所に来てもらうぞ!」 男ばかり五人が、突然怒鳴り込んできたのだ。真夏の太陽が照り付ける玄関で、男たちとウラニシさんは、激しく怒鳴りあった。ボクがスリッパ立ての陰から様子を見ていると、彼らの足元から爽やかな風が流れてきた。ふと見ると、玄関の開き戸がボクを誘うように開いているではないか。  ボクは考えた。この家では、残念ながらご飯の量が足りない。それに、喧嘩が絶えず、あちこち傷だらけ。 (外に行けば、もっとご飯が食べられるのかな) (でも、ちょっと怖いな)  そんな風に思ったけど、お母さんを残していくのは心配だ。そう考えて振り返ると、お母さんは息をしていなかった。この暑さと栄養不足で死んでしまったのだ。  ボクは決意した。彼らの足元をするりと通り抜け、ついに外へ出た。
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