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21
目の前にはたくさんの水。これが海? 公園の池をいくつ足してもまだ足りないよ!
「知らないところだから、ココちゃんにハーネスを付けなさい。離さないようにね。あまり遠くへ行っては駄目よ」
圭君はもう泳いでいる。お父さんとお母さんとお祖母ちゃんは、シートを広げてその上でくつろぎ始めた。
「行ってきます」
ボクと舞ちゃんは歩き始めた。舞ちゃんは、買ってもらったばかりの水着を着てご機嫌だ。海と同じ色の水着。腰のところについたひらひらが風に揺れる。海の風って気持ちいいね!
浜辺は賑やか。色んな人がいる。その中に、その男がいることに気がついたのは、ボクも舞ちゃんもほぼ同時だった。
なんだか視線を感じたので、そちらを見たら、短パンに柄物のTシャツ、白い帽子に黒縁メガネの男が、広げたシートの上に胡坐をかいて、じっとこちらを見ていた。そしてにっこり笑って、「やあ」と声をかけてきた。手にはカメラが握られている。
「あ……!」
舞ちゃんは警戒したような声を出したけれど、ちょっと無言になったあと、ペコリと小さくお辞儀をした。そうしてしばらく歩いて、男からだいぶ離れたところで、
「ココちゃん、さっきの人、公園にいた人に似てない? あの時より太ってるけど」
と言った。うん、声が同じだったよ。
「けど、まさかね……」
もっと近くに行けば、匂いで分かるんだけどな。ねえ舞ちゃん、ちょっとあの男のところに行ってきていい?
「どうしたの、ココちゃん。そんなに引っ張らないでよ。もう帰ろう」
ボクは舞ちゃんに抱き上げられてしまった。仕方ない。なにしろボクは、舞ちゃんの愛玩動物なのだから。
「お帰り、舞。お父さんとお母さんはちょっと泳いでくるって。舞も泳いで来たら? ココなら、お祖母ちゃんが見ていてあげるよ」
「ちょっと歩き疲れちゃった。少し休んでからにする」
舞ちゃんは、お祖母ちゃんの横にちょこんと座った。
「あのね、お祖母ちゃん。あたし、本当は今日までに髪を短く切りたかったの」
「まあ、そうだったの。どうして、そうしなかったの?」
「……お母さんが、長い髪を気に入ってるから……切っちゃうと悲しませちゃう」
「でも、そのことで舞が悲しい思いをしているでしょう?」
「うん……」
「長い髪を切らせたくないのは、お母さんの勝手な願望よ。舞が気にすることではありません。自分の髪のことは自分で決めなさい」
「……お祖母ちゃん、お祖母ちゃんからお母さんに、あたしが髪を切りたがっているって、言ってくれない?」
「それは駄目。舞が自分で言いなさい。さっきも言ったけど、舞が髪を切って、それでお母さんががっかりしても、それは舞が気にしなくてもいいの。お母さんの問題よ」
「うん……でも、お母さんのがっかりした顔、見たくないなあ」
「舞は優しい子ね。でも大丈夫。きっと言えるから。お祖母ちゃんは、何があっても舞の味方だからね。私に話したいことがあれば、いつでも電話しなさい」
「うん。ありがとう。あたし、ちょっと泳いでくる!」
舞ちゃんは勢いよく立ち上がり、浮き輪を掴むと海へ走っていった。人間はよく、あんな大きな水溜りに入る気になれるなあ。
その後は、怪しい男に会うこともなく、ボクたちは楽しく過ごした。お祖母ちゃんは、ボクのことをとっても可愛がってくれた。旅行が終わって帰るとき、お祖母ちゃんは、「舞のことをよろしくね」とボクに言った。もちろんだよ!
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