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「こんにちは」  花壇のそばのベンチに、見慣れない男が座っていたのが、わざわざ立ち上がり、舞ちゃんの前を塞ぐようにして挨拶をしてきたのだ。 「……こんにちは」  少し間が開いたけど、舞ちゃんは笑顔で挨拶した。舞ちゃんは誰にでも愛想よく挨拶を返すけど、今ちょっと戸惑ったのは無理もないと思う。男は初めて見る顔……というか、顔はほとんど見えなかった。黒いマスクに黒縁の眼鏡をかけているうえ、髪が中途半端に伸びてボサボサで、顔がよく見えないのだ。しかも、通せんぼをするので、舞ちゃんが前に行けない。猫の世界でも、見知らぬ大人猫が、突然仔猫にちょっかいを出してきたら警戒する。本当は親猫が助けてくれるんだけど、いま、ここには、舞ちゃんのお母さんもお父さんもいない。 「猫、かわいいね」 「……ありがとう」 「スカートもかわいい」 「……」 「家はこの近くなの? 名前は?」 「……」  舞ちゃんはもう返事をしなかった。「知らない人には、近づいちゃだめよ」と、舞ちゃんのお母さんはいつも言っている。舞ちゃんは、その約束を守っているんだ。親猫は、たいてい仔猫のことを考えて約束を取り付ける。人間も同じなんだろう。  男はじっとこちらを見ている。背は高くもなく低くもなく、太っても痩せてもいない。歳はお父さんよりも上かな? ジーンズに白いTシャツ。眼鏡の奥の目つきが、なんだかじっとりとしている。 「あ、お兄ちゃん!」  舞ちゃんが小さく叫んだ。舞ちゃんが見ている先には、中学校というところの制服を着た圭君が歩いている。舞ちゃんはボクを抱えて圭君を追いかけた。 「なんだよ、舞」 「一緒に帰ろうと思って」 「はあ? どうしたんだよ、いつも俺のこと見かけても無視する癖に」 「あの、変な男の人が、ずっとこっち見てて……」  圭君は男のほうを一瞥して、 「だから何だよ。そんくらい別にいいじゃん」 と面倒くさそうに言った。そして、嫌そうな顔をしながらも一緒に帰ってくれた。圭君は気がつかなかったのかな。あのおじさんが、ずっと舞ちゃんのスカートのあたりを見ていたことに。
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