B班(仮)

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「どうしたの?何かあった?」 顔を上げると、 ほわほわしたミズさんの笑顔がそこにあった。 ほとんどが冷徹なGOTTAN社員の中にも、 数名だけ優しい人がいたが、特にミズさんは 【神】だった。 自分がどれだけ忙しくても、ちょこちょこ様子を見て、 声をかけてくれる。 前任のリリさんからも、 「心配事は、ミズさんに相談するといいよ」 と言われていた。 「いつものアイルさんの手紙なんですけど… いえ、何でもないです。大丈夫です」 私も、めいっぱいの笑顔を返しつつ、 『忙しいミズさんに言うほどのことでもないよね』 と自分に言い聞かせて、 その手紙をアイルさん専用の棚にしまった。 それから3日後、 またアイルさんから手紙が届いた。 こんなに間をおかないのは珍しいことだったので、 嫌な予感がした。 開けると 【貴社の秘密について、僕は誰にも言うつもりはありません。 しかし、あのCMは即刻中止すべきです】 とあった。 現在、放送中のCMは、GOTTAN定番のチップスの新商品のものだったが、 メロディーに中毒性がある とか 脳内再生が止まらなくなる とかで、 絶賛バズり中だった。 『アイルさんが見つけた秘密ってCM? 即刻中止って…なんで?』 アイルさんの意図が分からず、困惑しているうちに、 さらに、手紙が立て続けに届いた。 【CMを中止してください。 そうしなければ、あの秘密を暴露しなければならなくなります。 僕は、貴社を守りたいのです】 【なぜ中止していただけないのですか。 このままでは、子供たちの未来が心配です。 あのCMが、成長期のニューロンを傷つけています。 分かっているんですよね? 即時、中止してください】 【秘密の一部を書きます。 CM冒頭3秒目から始まるメロディーの“裏”にあるアレです。 アレは、駄目です。 脳がバグを起こします。 子供たちのニューロンに与える影響が、大き過ぎます。 僕が秘密を知ってしまったこと。これで信じてもらえましたか? CMを中止してください】 これはさすがにおかしいと思い、 意を決して、ミズさんに手紙を持っていくと、 いつもほわほわのミズさんの顔が、 みるみる曇っていった。 「わ。確かに変だね。 アイルさん、闇堕ちしちゃったのかなぁ。 しょうがない。あそこに送ろう」 そう言って、ミズさんは、社内便を送る棚の前に私を連れて来た。 「ここ。お客さま係ってとこにね、私たちでは対処できない事案を処理してくれる班があるんだよ。 金銭要求を匂わせるものとか、 裁判に発展しそうなものとか、 あとは、いわゆるモンスター化したお客さま相手のものね。 どんな人が担当しているのか、社内でも非公開の謎の班なんだけどね」 「担当者の名前も分からないとなると、 社内便の宛先はどうするんですか?」 「お客さま係 “B班” 宛にして。 “B班”は、仮称だけど大丈夫。 なんて、私は今まで何も送ったことないんだけどね」 そう言って、ミズさんはくしゃくしゃっと笑ってみせた。 私が、その笑顔を見て少しほっとしていると、 ミズさんは、急に顔を近づけてきて 「でも、手紙も何もかもを全部送ったら、 あとは忘れること。 深追いしないこと。 これだけは絶対だよ」 1ミリも笑っていない真顔でそう言った。
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