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 (ヤー)の名のもとに、戦争は苛烈を極めた。  土地や人、家畜を奪われ、ときにまた奪い返す。果ての見えない争いに、民も物資も限界まで疲弊していった。  やがて若き(メレフ)が立ち、賢人(ハハム)とともに最後の聖戦が行われた。  被害は最小限に(とど)まり、犠牲となったのは国境近くの小さな村が焼けたのみ。  またたく間に国を勝利に導いた王は神の使いとして讃えられ、側近たちもまた語り継がれるべき英雄となった。  ようやく訪れた平和(シャローム)に、人々は歓喜し国は次第に活気を取り戻していった。  そして一年の時が過ぎ――。      ◇ 「さぁ、早く取り込まなくちゃ」  乾燥した風に舞い踊る洗濯物と格闘しながら、ミリは手早く籠に収めていった。  山盛りになった洗濯籠を、古傷の傷みを無視して運びだす。これが終わったら、次は夕食の準備が待っている。  流れ着いた孤児院で、衣食住の対価として始めた生活だ。やることに追われる日々は、足が不自由なミリにとってそれは過酷なものだった。  だが子供たちの笑顔が容易(たやす)くそれを忘れさせてくれた。  育ち盛りの子供たちは驚くほどの量をあっという間に平らげる。先日買ってきたばかりの食材は、もう残りわずかとなっていた。 (明日はイザク様が来られる日)  失礼があってはならない大事な方だ。きちんと出迎えるためにも、午前のうちに買い出しを済ませておかなければ。  癒え切らない片足を引きずりながら、重い籠を抱え急ぎ建物へと向かった。 「ミリ」 「イザク様……!」  たった今、心を占めていた人物の登場にミリの鼓動が跳ね踊る。 「来られるのは明日ではなかったのですか!?」 「ミリの顔が見たくて一日早めたんだ」 「そんな……! あ、いけません、イザク様にそんなものを運ばせるわけにはっ」  イザクは寄付を定期的に施してくれる王都に住まう役人だ。ここだけでなく、私財を投げ打ち各地の孤児院を援助するほどの人格者だった。  そんな彼に奪われた籠を取り戻そうと、ミリは慌ててその背を追いかけた。途中痛みが走り、ミリの足がもつれそうになる。 「危ない、ミリ!」 「きゃあっ」  転ぶ寸前で抱き留められた。大きな籠を抱えてなお、力強く支えてくる片腕。細身に見えるイザクの肢体は思った以上に筋肉質だ。  胸板に縋りつき、密着したままミリの頬が瞬時に真っ赤になった。 「おっと!」  風にあおられたシーツが一枚、籠から宙に舞い上げられる。器用に(はし)を捕まえたイザクの頭上に、ばさりと布が覆いかぶさってきた。  太陽の匂いを(まと)うシーツにふたり閉じ込められて、腕の中、ミリはイザクの顔を見上げた。  熱のこもった瞳に捉えられ、動揺で離れようとした瞬間イザクに口づけられる。 「イザク様……」  濡れた唇を親指でなぞられて、ミリの心も同時に大きく震えた。 「ミリ、明日の予定は?」 「明日は……買い出しに行かないと……」 「分かった。わたしも付き合おう」  子供たちの近づく声に、イザクの体が離される。  そのあとどうやって過ごしたのか記憶になくて、ミリは夢見心地で翌朝を迎えた。
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