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 それから数年が経ち、年に数度だけイザクに会える生活が続いた。  互いに距離を取り合いながら、それでもイザクは昔のようにやさしい言葉をかけてくれるようになった。  それも自分が孤児院の院長だからだ。あれ以来ミリと目を合わすことだけは、イザクは一度もしてこなかった。  イザクもいい歳だ。もしかしたら王都で家庭を築いているのかもしれない。  会うたびに募る思いとは裏腹に、ミリは自分の気持ちから懸命に意識を逸らし続けた。  そんなある日のこと、めずらしくイザク以外の役人が王都から視察にやってきた。 「イザク様は後から来られる。その前に施設を案内してもらおう」  イザクよりもずっと年上で、態度もずっと横柄だ。そんな男の上に立つイザクはよほどの高官なのかもしれない。我がことのように嬉しく感じられて、ミリは胸の内で微笑んだ。  責任者として丁寧に男を案内した。やることがあると気が紛れる。足の痛みすらその助けとなっていた。 「視察してきた中で、一番手が行き届いているようだな。これならばイザク様もさぞお喜びだろう」 「ありがとうございます、お役人様」 「しかしイザク様も……妻のひとりも(めと)らずに、いつまでもこんな末端の慈善事業に明け暮れているとは」  イザクは未だ独り身なのだ。役人の言葉にミリの心が歓喜した。  しかしすぐに自分を戒める。だからと言ってミリには何も関係のないことなのだから。 「わしの娘を差し上げると何度申し上げても、一向に聞き届けてくださらぬ。賢人(ハハム)でありながら、子孫を残さないなどこの国の損害であると思わぬか?」 「イザク様が賢人(ハハム)……?」  ミリは我が耳を疑った。 「なんだ、知らぬのか。イザク様はかの大戦を机上(きじょう)より見事に収めた、偉大なる策士様であるぞ」  血の気が引いたミリに、男の声が遠くから木霊する。 「あの殲滅作戦は実に華麗かつ見事であった。犠牲を最小限に抑え、賢人(ハハム)は我が国を勝利へと導いたのだ。いや、反対意見が占めていた中、その策を推し進めた(メレフ)こそが真の救世主であろうがな」 「イザク様が賢人(ハハム)……」  感情の乗らない言葉が、ミリの口から発せられた。  彼こそが愛する家族を奪った張本人だったのだ。  無情な事実が、とうに限界を超えていたミリの心を容赦なく切り刻んでいく。 「すべてを知ってしまったのか……ミリ……」 「イザク様……」  振り向くとそこには青ざめたイザクがいた。
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