揺れる、ポニーテールの先

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 高校三年、最後の夏。  百メートルハードルの部内選考会。  夏希は当然ながら一位。私は五位だった。  高校に入ってからの三年間。私は結局、専門にしていた競技で一度も公式戦に出場する事が出来ずに夏を終えた。  四×四百メートルリレーの補欠として、一応は選手として名を連ねる事ができたものの、大会当日に与えられた役割は、いつものように殆ど補助ばかりだった。 「じゃ、荷物は私が見とくね。アップはいつも通りでしょ? ここにいるから、必要があればその時に呼んで」 「……うん」  百メートルハードルに出場する選手達の補助に付いた私は、淡々とそう言い放った。  夏希は何か言いたそうな様子だったが、結局はそのまま、他の選手達と共に準備に向かった。  夏希ほどの選手であれば、自分自身のルーティンは熟知している。私なんかが面倒を見る必要なんてありはしない。  そんな卑屈めいた理由を言い訳にして、私はまた、夏希を遠ざけてしまっていた。  子供じみた、自分勝手な駄々。  そうやって見逃してしまった小さな違和感は、最悪のタイミングで牙を剥いた。  百メートルハードル走、県大会決勝。  全国大会出場も期待されていた優勝候補の倉木夏希は、レース半ばで転倒した。  少し前から太腿に違和感があったらしい。  けれど、夏希はそれを誰も言わずに出場を強行した。私は気づきもしなかった。  ふくらはぎの肉離れ。それに加えて、転倒時の衝撃による足首の捻挫と、不全骨折。  レースを見つめていた会場全体が、夏希の転倒した瞬間に息を呑んだのが分かった。この大会で、夏希がもう走れなくなってしまった事実は、誰の目にも明らかだった。  夏希がリタイアした事で、皮肉にも私には大会出場の機会が巡ってきた。  四×四百メートルリレー。その決勝レースで第四走で走る予定だった夏希の代わりに、補欠として登録されていた私はバトンを握った。  エースの欠場、という不測の事態に混乱しながらも、選手達は出来る限りのベストを尽くした。  私もまた、整理のつかない感情を抱えながら、必死にトラックレーンを駆けた。  結果は六位。  ギリギリの所で出場権を獲得したリレーチームは、数日後に迫った上位大会に向けて、最後の調整に取り組んでいる。  本来なら、今、私はそこにいるべきなのだ。なのに、こんな所でフラフラとしている。あんなに憧れた大会に、ようやく出場できる機会なのに。  怪我をして、出場の機会を失ってなお、夏希は部の練習に顔を出した。片足に包帯を巻いた夏希が、トラックの傍で練習を見つめている瞳に、私は耐える事が出来なかった。  あの日、あの時。  補助に付いていた私が夏希の異変に気付けていたら。つまらない嫉妬や卑屈な心で眼を曇らせていなければ、怪我を未然に防げていたかもしれないのに。  怪我の痛みも苦しみも、分かっていた筈なのに。  集中しているつもりでも、練習中にそんな考えがふと頭をよぎり、私はすぐに息が苦しくなってしまうのだった。
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