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二両編成の古びた電車は、ゆっくりと減速しながら、人の姿もまばらな駅のホームに滑り込んできた。
列の先頭に並び、扉が開くのを待っていた私は、止まった車両の向かいの座席に腰掛けている女子高生を見つけてハッとした。
倉木夏希だ。
癖のない黒髪を、高い位置で結んだポニーテール。指定のジャージと、同じデザインのハーフパンツ。そこからすらりと伸びた長い右脚は、まだ新しい包帯に覆われていて、見るに痛々しい。
動き出すことができない私の隣をスーツ姿の男性が通り抜けていった。足が固まったまま、時間だけが過ぎる。
プシュ、と音を立てて扉は閉まる。ガラスの向こう、スマートフォンの画面を眺めていた夏希の視線が不意にこちらへと向けられて、目が合いそうになる。
私は咄嗟に踵を返していた。
気まずさに、耐え切れる気がしなかった。
動き出した車両を視界の端で追いながら、ホームの時刻表で次の発車時刻を確認する。
次は四十分後。
陸上部の練習開始は九時半。
次の電車に乗ったところで、もう間に合わない事は確実だ。
(……どうせなら、今日はもうサボっちゃおうかな)
練習用のスパイクシューズが入った袋の紐を握りしめる。手のひらがじっとりと汗ばんでいた。私は目的もなく、駅のホームをうろうろと歩いた。
そうしている内に、学校とは逆方向に向かうの電車がホームに到着する。
私は、その車両に乗り込んだ。こうやって練習をサボってしまうのは、初めてのことだった。
動き出した電車の中。突き上げてくる車両の振動を身体で感じながら、私は記憶の中にある夏希の姿を思い返していた。
レンガ色のタータントラック。
等間隔に置かれた、白いハードル。
それを軽々と飛び越えながら、ゴールに向かって駆けていく、自慢の幼馴染の姿を。
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