夕陽恋

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 翌日も僕は夕方のランニングをこなしてた。同じ時間。昨日は名前すら聞かなかった彼女だけど、もし今日も会えたらそれを聞きたい。 「誰のことを探してるんだい?」  姿が見えなくて走るのを辞めた時に不意に声が聞こえる。砂浜に彼女の姿はない。だけど、声は確かに彼女だった。  波音と一緒に有った声だったので、海のほうを見る。今日も真っ赤な夕日が浮かんでる。  その手前に彼女は居た。足元を捲ってまた波打ち際。 「そんなところに居たのかよ。気付かなかった」 「あたしは夏の亡霊なのさ。かくれたら君なんかには見つからないよ。だけどいつだって居るからね。探しなさい!」  そんな楽しい会話。昨日だってそうだった。僕たちは知らないもの同士じゃないみたいに話してた。 「今日は泳がないのか?」 「流石に普段着で海水浴をしたら、怒られたさ。だから足だけ。君のほうは?」  そりゃそうだろう。僕だって海水を吸って重くなったジャージとシャツで帰ったらそれはお母さんに叱られた。もうあんなのはこりごりだ。 「怒られ仲間だから、今日は静かにしてようか」  僕の言葉に彼女はクスッと笑うと「じゃあ、お喋りタイムだ!」と僕の横に並ぶ。 「取り合えず名前を教えてよ。昨日聞くの忘れちったから」  まずは僕の気になっていたことから。  だけど、彼女は「ふーむ」と少し考えると楽しそうな笑顔を見せる。 「それは言わないことにしようかなー。ちょっとミステリアスで良いじゃん!」  意味がわからない。けど、僕だって別に気にならなかった。これからも彼女と話せるなら別に名前なんてどうでも良い。  それから僕たちはどうでも良いようなことを話し合った。それはこの夏が終わるまで続きそう。明日もそれからだってずーっと続く。  随分と仲良しになった気になってた。あれからも毎日会いお喋り。名前だって知らないのに、僕はかなり彼女のことを知った気になっている。こんな想いはなんなんだろう。 「あたしたちって不思議だねー。名前も知らないのに無二の親友みたい。君と話してると楽しいよ」  どうやら彼女も同じことを思ってたみたい。  その彼女の「親友」と言う言葉に僕の心がズキンと痛む。その理由はわからなかったけど「楽しい」と言われたのは嬉しい。  いつも単純な世間話ばかりなのだから。 「これからもずっと語れたらな」  軽い言葉をふわり単に放つけどそれは願い。その時に彼女はふと立ち上がると波打ち際に進む。夕日に照らされているちょっと微笑んだ彼女の笑顔は最強だ。  その時に僕はさっきわからなかったことを理解できた。それは僕が彼女に恋をしていると言うこと。これまでだって友達にあの子が好きと話したことはある。だけど、彼女は明らかに違った。  普通に話している分にはとても気軽に話せて楽しい相手。でも、今見た微笑みに僕は彼女を離したくないと思っている。これが本当の恋なんだ。これまでは幻想だったのかもしれない。 「それは、叶わないかもなー」  だけど彼女の微笑みは沈む夕日みたいに暗くなっている。 「どうしてなんだよ。来年は同じ学校なんだろ? だったらこれまでより時間は作れる」 「あのね。あの学校の横にある建物知ってる?」  一応知っている。この辺りでは一番大きな病院。 「そんなのなんか関係あるの?」 「あたし、ずっとあそこに入院してるんだ。ちょっと悪い病気でね」  そう言われてみると彼女は時々とても苦しそうに咳き込んでいる。そんなのは癖かと思ってたのに違ったみたい。彼女にはそんなのは似合わないのに。 「それで、今までも学校にはあんまり通えなくって。単純に病院から近い学校なら通えるかなって思ったんだけど、簡単じゃないかも」  ちょっと彼女の話が信じられなくて僕は黙り込んでいた。 「そんな難しい顔しないでよー。別に今日明日死ぬってんじゃないからさ」  笑ってる彼女を僕は見上げた。普段とは違って笑顔に明るさがない気がしてた。 「だけど、俺は君ともっと話したいよ。どうでも良いことも、そうじゃないことも、ずっとこれから未来まで」  この言葉を聞いた彼女はくるっと僕に背を向ける。低くなった夕日を見ているのに、彼女はもっと上のほうを見てた。 「あたしもそうだったら良いのにな」  呟きはとても小さく彼女の明るい話し方じゃなかった。  若干寂しさを残して今日の夕日が終わる。僕たちの残り時間がなくなった。 「また明日会えるよね?」  なんだか明日がない様な気がして、僕が彼女に聞く。 「夏の亡霊は砂浜に現れる。多分ね」  帰るまで彼女の声は落ちていた。とても哀しそうに。多分泣いてたんだろう。  翌日僕は走りもしないで砂浜で座ってた。時折病院のほうを眺めながら。  だけど、彼女は現れない。僕だけの夕日が沈む。
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