夕陽恋

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「ちょっと良くないことになった」  彼女が笑顔を見せないで話したのは、もう夏休みが一週間を切っていたとき。 「どうしたんだよ。いつもみたいに笑いなって」  僕は彼女の笑顔が好き。どんな時だって笑う、強い彼女が好きなんだ。 「病状が良くないから卒業どころか、もしかしたら学校に通えないかもって言われた」  それは僕たちの恋路の障害。 「そう、なんだ。僕は、待つよ」  途切れながらの僕の返答。辛くない筈がない。だけど、それを現わせられない。 「やっぱり諦めたほうが良いのかも。今こうして会ってるのも考えてると寂しくなる」 「俺は違うよ。会えるほうが嬉しい!」  彼女の手を取った。顔を見ると頬が赤らんでる。病気ではない。 「あたしもそうなんだ。なのに、あたしが病気だから」  また哀しそうな顔になりそう。僕は更に彼女の手を強く握った。  夕日が沈みそう。また僕たちに時間を知らせてる。 「ねえ? あたしと駆け落ちしない?」  温もりのある手を彼女は眺めながら語る。意味がわからなくて僕は「どうしたの?」と聞いた。 「病院に戻りたくない。ずっと君と居たい。こうして手を繋いで話していようよ」  願ってもないこと。僕は大きく頷く。  夕日が沈んで微かに水平線の向こうにオレンジを残してる。それさえも終わると、次は星々が煌めいた。  僕たちを祝福するみたいに空一面に星空が広がる。それは海まで続いて波で砂浜まで鏡のようになって足元まで星が落ちてる。 「銀河を歩いてる。どこまでも君と一緒に進みたい」  彼女が笑って、僕は手を離さないで砂浜を二人で歩く。 「道は見えてるよ。ホラ」  足元ばっかりを見ている彼女に僕は進む先を示した。  波打ち際に星より明るい青い光が瞬いている。海蛍。真夏のこの時期は現れやすい。それでも今日はとても強く明るく僕たちを導いてる。 「夢みたい。空に架かる橋だ。どこまでも進もう! あたしたちを導いてる。未来だって明るい筈」  彼女が喜んで僕の手を引っ張った。  僕が彼女に連れられステップした次の瞬間、彼女は立ち止まる。急にどうしたのかと思って振り返ると、彼女は苦しそうな顔になって咳き込み始めた。  いつもの発作、とは違った。咳は止まらないで彼女は立っているのも辛くなったみたいで、その場に膝をついて、更には倒れてしまった。  僕にどうする術もない。ただ弱々しく、そして苦しそうに咳をする彼女を抱え、オロオロとすることしかできない。 「やっぱり、夢なんて叶わないのかな。哀しいよ。もっと一緒に居たかったのに」  こんな時まで彼女は笑って僕を眺めてる。心配させないようにしているのがわかる。それがとても僕には痛い。僕は無力だから。 「誰か! 彼女は病気なんです!」  取り敢えず人を呼ぶしか手段がない。僕は叫んだ。  病院のロビーで僕は座っていた。  あれから僕が叫んでいると懐中電灯を持った病院のスタッフが現れて彼女を直ぐに運んだ。散歩の約束の時間を過ぎても戻らない彼女を探していたらしい。  そして僕にも事情を聞かれ、親が呼ばれると呆れるくらいに怒られた。 「病気の子をこんな時間まで連れ歩くなんて!」  もうお母さんはカンカンでお湯が沸きそうなくらいになっていた。 「どうしてこんなことになったのか言わないと」  逆に穏やかに話しているのはお父さんの方で怒らないで僕に聞いてる。 「彼女のことが好きなんだ。それで、病院に戻りたくないっていうから」  もう僕は真っすぐにはなしてた。嘘や誤魔化しなんて要らない。 「うん。わかったよ。だけどな、あの子は病気なんだからお前はただ従うだけじゃ駄目なんじゃないか」  怒らないで語られた言葉に僕は返せない。 「また会えると良いな」  お父さんのその言葉はどこか優しさが募っている。お母さんはそれからも怒っていたけれど、僕をしかったりしない。想いはわかってくれてるんだろう。
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