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おそろい
「……なんだこれ」
『だれでもいいからもらってください』
家から帰ってくると、そんなことが書かれた紙と、それが貼りつけられた水鉄砲が玄関先に置かれていた。水鉄砲は小さくて、ちょっと古いもののようだが、捨てられるほど汚れてはいない。持ってみると水が入ったままだったので試しに撃ってみたが、ちゃんと一直線に水が出てくる。だれでもいいから、と投げやりにせずともまだまだ使えるものだろう。
メッセージはすべてひらがなで書かれている。幼い子供が書いたようなそれに、ふと気が付いた。この字知ってる。水鉄砲と紙を拾い上げ、そのまま家……ではなく、隣の家との境界である生け垣に沿って裏の方へ向かう。そこにはいつのまにか、隣家に通じるトンネルができてしまっている。大人が通るには小さいが……。
「お、やっぱり」
その通り穴にはやはり、女の子がいた。目元が少し赤く、ぶすっとした顔は機嫌が悪そうだ。穴をふさぐようにうずくまっている。
彼女は、お隣さんのあい子ちゃんだ。「お兄ちゃん」と言って懐いてくれてる。ちょうど俺と十歳くらい離れてて、いま六歳だっけ? ついこの間も、字が書けるようになったとにこにこ笑って、手紙を届けてくれた。その字とそっくりだなと思ったのだが、当たっていたらしい。
スクールバッグを置いた横に俺もしゃがみこんで、あい子ちゃんと視線を近づける。
「どしたん、泣いてる?」
「……ないてない」
小さな声だ。でも実際今は泣いていないようで、俺のほうを気丈に見上げた。
「じゃあなんかあった?」
あい子ちゃんはたまに、こうしてこのトンネルを使っている。何か悲しいことがあったり、怒られたときなど、人目を避けたいときにちょうどいいらしい。俺は偶然その姿を見つけたので、生け垣のトンネルが通れてしまうこともそのとき知ったのだけど。(一応両家に伝えたけれど「別にいっか」という感じで今もそのままになっている)
「……」
むうっと口を堅く結んでいる。言いたくない、のか? ただここで放っておきたくもない。手にしていた紙と水鉄砲を見せる。
「んー……、じゃあ、この水鉄砲はあい子ちゃんの?」
「……」
こくりと首が動いたのを確認する。
「じゃあなんで誰かにあげようとしちゃうの?」
「……だって、ふるいでしょ」
「だけど勢いよく水出るしかっこいいよ」
「……でも、でもね」
「うん」
少しずつ集めた情報からなんとなく推測するに、家からすぐそこの公園で友達と一緒に遊ぼうと約束していたらしい。確かに俺が帰ってきたときも小さな子たちが遊んでいた。その輪にいたのだけど、あい子ちゃんは親戚から貰ったおふるの水鉄砲しかなくて、それを笑われてしまったという。なんということだ。確かに新品とは言えないものだけど、ぜんぜん使えるしそんなことで馬鹿にするなんて。
「なるほどね」
あい子ちゃんはきっとすごく遊びたかったのだろう。それなのに笑われて、恥ずかしくなってしまって帰ってきた。そのときの姿を想像すると、こうして小さくうずくまるあい子ちゃんの悲しみがひしひしと伝わってくる。
じゃあ、と俺は提案することにした。
「水鉄砲、しに行こうよ」
「……やだ」
「じゃあ俺がもらっちゃうよ?」
返事はない。なんなら貰ってくれとばかりの空気。選択を間違えた……。
そこで思いついたことがあった。「ちょっと待ってて」とあい子ちゃんに声をかけて、小走りに家に入る。バッグを適当に玄関に置くと、ちょうど母さんが廊下にいた。
「おかえり、何急いでるの?」
「ただいまー。あれ、俺がちっさいころに使ってたおもちゃってまだ置いてある?」
「外で使ってたやつなら、そこになかったらもう捨てたかなー」
下駄箱の奥のほうを差され漁ってみる。ちっちゃいボールや羽がむしられたバトミントンのシャトルとか短い縄跳びとか、そういうものにあふれた中を掘り返すとようやく見つけた。
「あ! あったあった」
ちゃちゃっと洗って、詰めて、すぐさまあい子ちゃんの元へとんぼ返り。
「あい子ちゃん、見てこれ」
ちらっと視線を向けてくれたところ、目に入ったものに驚いたようだった。
「これ、俺の」
ぷしゅっと地面に対して水を発射する。ちょっとトリガーは硬いけど使える使える。傷だらけであい子ちゃんが持っているものよりもぼろぼろで、欠けているところだってある。お世辞にも綺麗とはいいがたい、俺が昔使っていた水鉄砲。
これがあればあい子ちゃんの水鉄砲なんて新品同然だ。
「俺と遊びにいこうぜ、公園」
「でも……お兄ちゃんもばかにされちゃう」
「ぜーんぜん気になんないし。二人で遊ぼうよ」
な? と彼女を見つめる。俺は水鉄砲がダサかろうが馬鹿にされようが傷つかないしな、あい子ちゃんが気にする必要はない。
あい子ちゃんはしばらくためらっていたようだったけど、最後には「うん」と頷いた。
「んじゃ行こっか。また馬鹿にされたら俺がそいつら全員倒してやるよ」
そう言って水鉄砲を構えれば、あい子ちゃんはようやくいつものような笑顔でわらってくれた。
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