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「暑い……」
それは誰の口から出たのかと周りを見回してしまうほど怨嗟に塗れた重い呟きだった。
制服を校則通りに着こなして、ひとつ結びの三つ編みに紺色でフルリムのセルフレーム眼鏡という組み合わせは絵に描いたような文学少女、ありていに言えばただひたすらに大人しく地味な姿の彼女は、この世のなにもかもにうんざりしたような表情で日陰の席に横座りしている。
その声をただひとり聞かされた後輩の少年が読んでいた本から視線を上げて彼女へと向けた。
「涼しいじゃないですか。というかむしろちょっと肌寒いんですけど」
実際ふたりきりの部室は学校から伝えられている冷房使用方針をまったく無視して全開で冷やされていた。しかし彼女は不愉快そうに口元を歪めて向かいの窓を指差す。
「見たまえあの殺人的な陽射しを。もう夏休みも終わったというのに疑う余地が微塵もないほどの真夏日だよ」
少年は指先を追って焼け付くように煌めく外の景色を一望すると彼女へ戻してヌルい笑みを浮かべた。
「まあ夏休みが終わったからと言って夏が一緒に終わってくれるわけじゃないですしねえ」
「夏が終わっていないなら夏休みも延長すべきだとは思わないかい」
「その場合差し引きして冬休みと春休みが割を食いそうですけど」
「次の春休みならいくら減っても構わないとも。だって私は卒業しているからね!」
「ひとのこころがない」
「なんとでも言いたまえよ。私にしてみればこの暑さのなか登校して来いというほうがよっぽどさ。そんな非道に付き合っているのだから、ご褒美のひとつもあって然るべきだとすら思ってるよ」
先輩であり部長でもある彼女の吐き捨てるような台詞に、彼は暫し勘案する。
「じゃあご褒美に僕がフタバで秋の限定、蜜芋フラペチーノラテを奢りましょう。ちょうど今日からですよ」
全国展開している大手カフェチェーンのフタバでは季節の限定メニューが都度提供されるが、当然その時期が気候に左右されたりはしないのでこういった齟齬がしばしば起きる。
「ほう、いいのかい?」
「もちろんですとも」
「ありがたくはあるけれど、なにか企んでないかい? 逆に不安になるな」
「強いて言うなら僕なりのご機嫌取りというか、んー、激励? ですかね」
やや不審げですらある彼女の顔を見て彼はにこーっと笑みを浮かべ、続ける。
「来週から気温ぶり返すそうなので」
「……そっかあ」
絶望的な新情報に虚ろな目で薄ら笑みすら浮かべ力なく呟く彼女。
「陽が落ちたら少しは涼しいですから、そうしたらフタバに行きましょうか」
「そうだねえ……」
夏はまだ終わりそうにないが、季節の限定メニューで気分だけでもその終わりを体感しよう。そんな少し儚い気持ちで彼女はため息を吐いた。
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