欲に溺れる

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 初めて私が母に毒を吐いた時の彼女の顔が忘れられない。  自分がやけくそになって、どうしてあんなことを言ってしまったのか分からない。  私は今、向かうべき場所とは違う方向に足を進めている。  もうすべてを投げ出してしまいたくなった。  通り過ぎていく景色は見慣れたものばかりでつまらない。きっと醜い大人になってしまったから。そう感じるのだろう。  小腹が空き、途中でアイスを買って、それを頬張りながらまた歩いた。行く当てなんてない。ただ今は、あの母親から、あの場所から少しでも距離を取りたかった。  しばらく歩いていると、ふと左頬に冷たいものが落ちてきた。  雨だ。  それはやがて地面にぽつぽつと丸い模様を作り、ついには私の黒髪を濡らす程になった。  どこか雨宿りできるところはないか――と辺りを見回したところいくつかある住宅の数軒先に『喫茶』という看板が見えた。
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