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時は来た
旅の間に春が終わり、夏至が半月後に迫っていた。夏至はアステルの誕生日でもある。呼び戻された理由の一つだろう。
毎年、夏至の祭りと共に盛大に祝われる誕生日がアステルは好きだ。メリダも例年通り来てくれるという。
また一つ年を重ねる。旅を経て、様々なことを学んだ。十七歳の自分はもっと素敵になれる。アステルの胸は弾むばかりだ。
「姫さんは夏の生まれなんだな」
誕生日に着る淡い緑のドレスを合わせているとルベールが言った。アステルは翼があるからいつも仕立屋が苦労している。赤毛に赤い翼、黒い角があるから、色合わせも難しいらしい。
「そうよ。とてもよく晴れた日の夏の夕暮れに生まれたってお母様が言っていたわ。ルベールの誕生日はいつ?」
「すげぇ寒かったことしか覚えてねぇんだ。いつかはわからねぇ」
生まれた時から親のいなかった彼には日付を知る術もなかったのだろう。
「ルベールは冬の生まれなのね。私が誕生日を決めてもいい?」
ルベールはくりくりした金の目でアステルを見上げた。
「姫さんが祝ってくれるのか?」
「ええ、もちろん」
「なら決めてくれ!」
ルベールは目をキラキラさせる。アステルは暦を見ながら考える。アステルは夏至の生まれ、なら冬生まれのルベールは。
「この日はどう? 十二月二十二日、冬至よ」
「悪くねぇな」
ルベールはくけけと笑って暦の日付をなぞる。近頃フェニーチェと頑張っているからだいぶ文字も読めるようになってきた。
「そういえば魔法使い様もフェニーチェもルベールがもっと若いんじゃないかって言っていたのだけど、二十歳であっているのよね?」
ルベールは小さな肩をすくめる。
「わかんねぇ。数を数えられるようになったときには何年か経ってたからキリよく十から数え始めたんだ。だから、もっと若いかもしれねぇって言われたらそうなんだろうな」
「数え始めて十年ってことは私と同い年って可能性もあるのね」
「そうだな。けど、どっちにしたってドラゴンの中じゃ子供だ」
ルベールは小さな翼をパタパタと羽ばたかせてテーブルに移動する。仕立屋の邪魔にならないようにしたのだろう。
「ルベールはもっと大きくなるの?」
アステルの成長もまだ止まっていない。旅の間にドレスが短くなってしまった。もう十分背が高いから止まって欲しいところだ。このままでは父の身長を越してしまうかもしれない。
「そのはずだけど、そんなにでっかくならねぇと思う。これでもでっかくなったんだ」
ルベールは鶏の卵よりいくらか大きいだけだ。それでも大きくなったというのなら生まれたときはもっと小さく、とてもドラゴンには見えなかっただろう。ヒトカゲにしても小さい。
ルベールは捨てられたのではなく、生まれたことに気付かれなかったのではないかとオルディアが言っていた。運よく地熱地帯に卵が落ちたから孵化したようだ。その後もオルディアが気にかけていたとはいえ、うまいこと生き延びた。強運といえばそうなのだろう。
「大きくなれなくても私といれば大丈夫よ。フェニーチェもいるし」
「そうだな」
衣装合わせも終わり、仕立屋が出て行った。音の狂ったハープの音が響く。席を外していたフェニーチェが戻ってきたようだ。
「若いの二人で楽しそうじゃな」
「ルベールの誕生日を決めていたの」
「ほう、いつにしたのじゃ」
「寒い日に生まれたみたいだから冬至にしたの。フェニーチェもその日が来たらお祝いしましょ」
フェニーチェは頷いてハープをぽろぽろ鳴らす。
「応とも。夏至と冬至、良い組み合わせじゃ。ときに姫よ、ダンスパートナーは決めたかの」
アステルは苦笑いを浮かべる。誕生日パーティーでは毎年、夏至の女王としてダンスを披露することになっている。
これまでフロガと踊っていたが、十七になる今年からはダメだという。夏至の祭りも、誕生日パーティーもパートナーを選ぶという側面があるせいだ。
「フェニーチェは歌わなきゃいけないし、ルベールじゃ小さすぎるし……」
夏至の夜、不死鳥は花とリボンで飾られた小さな塔の上で歌うことが恒例になっている。彼に頼むことはできない。
「カーロとフロガは人間でもドラゴンでも構わぬというておった」
「伯父様! ヘリオス伯父様にお願いできないかしら?」
彼であれば間違いなくダンスもそつなくこなすだろう。人間より人間のふりがうまいとよく評される伯父だ。
「そうさな。ヘリオスであれば間違いなかろ。ちと聞いてくる」
フェニーチェは窓を開けると瞬く間に飛び去った。
「どこに行ったんだ?」
「お祖母様のお城よ。フェニーチェならあっという間に往復できるもの」
「てことはおじさまって、あのヘリオスなのか? 女王メリダの息子で懐刀、偽人間こーたいし」
アステルは思わず吹き出す。
「なにそのあだ名」
「人間のふりがうまくて、声さえ隠せたらわからないってモッパラの噂だからそう呼ばれてる。それを三百年以上続けてて、古臭くならねぇから人間殺して皮被ってるんじゃねぇか、なんてな。で、そのヘリオスか?」
「そうよ。やさしい伯父様にそんな噂があるなんてひどいわね」
ルベールは肩をすくめる。
「身内にゃ甘いってだけだろ? 二番手って目されるってことはそれだけ暴れまわった時代があるってことだ。おーひさんは暴れたことがねぇからわからねぇだけで、本当は滅茶苦茶強いんじゃねぇか?」
ドラゴンの強さというのはぶつかり合って初めてわかる部分もある。ドラゴンでは最年少のフロガは平和な時代に生まれた。だから、実力をまったく知られていない。
「そうなのかしら……」
「とにもかくにも女王メリダかヘリオス、どっちかでも欠けたら今の平和は終わっちまうって聞いた。それだけ姫さんのばあちゃんとおっちゃんは強ぇんだ」
「平和ってそんなに簡単に壊れてしまうものなのかしら?」
ルベールは小首を傾げる。聞きかじっただけだからわからないのだろう。
ゴンドーレは長く戦争をしていないが、それはメリダの庇護あってのこと。近隣の国々は戦争が絶えないとフェニーチェが言っていた。ドラゴンが人間と敵対しなくても、人間同士はいがみ合っている。
そのいがみ合いから外れているから平和なだけかもしれない。メリダの重圧がなくなれば、勢力図は大きく変わるのだろうか。政治から遠ざけられているアステルにはわからなかった。
「お祖母様や伯父様が死んじゃうなんてあるはずがないけど」
今の平和はもう五百年続いている。この平和が覆されるはずなどないと誰もが思っていた。短命な人間にとって五百年は長い。
その時、羽音が聞こえたかと思うと、フェニーチェが降り立った。
「ヘリオスは承知してくれた。すぐに新しい服を用立てると」
「伯父様らしいわ。ありがとう、フェニーチェ」
「かまわんよ」
彼はほほと笑う。誕生日がますます楽しみだ。
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