時は来た

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 そうして迎えた誕生日の昼過ぎ、メリダとヘリオス到着の知らせが入った。 「お祖母様! 伯父様!」  アステルが駆けて行くとメリダにふわりと抱き上げられた。落ちそうになった花冠を慌てて押さえる。 「お誕生日おめでとう、アステル。この日を迎えられたこと、とてもうれしく思います」 「ありがとう、お祖母様」  頬にキスをするとキスを返してくれた。祖母のキスはいつも熱くてくすぐったい。 「お誕生日おめでとう、アステル。今日はダンスパートナーに指名してくれて光栄ですよ」  ヘリオスはいつものように手を取ってキスを落とす。彼は紺青のドレスジャケットを着ていた。ダンスのために着飾って来てくれたのだろう。涼やかな美系の彼には紺青がよく似合う。本来の姿の色と同じだからだろうか。 「お願いを聞いてくれてありがとう、伯父様」 「かわいい姪の頼みですから」  彼の鋭い目がふわりと弧を描く。 「ところで、噂のお友達は紹介してもらえないんでしょうか?」 「もちろん紹介させて。ルベール? あら?」  つい先ほどまで肩に乗っていたはずなのにいなくなっていた。 「どこに行っちゃったのかしら?」  メリダに下ろしてもらって見まわすとゆっくり歩いて来たフェニーチェの肩にルベールが乗っていた。 「姫が落としたのじゃよ」  アステルが急に走り出したから落ちてしまったらしい。今日のドレスは肩が出ていたからつかまりにくかったのかもしれない。 「ごめんね、ルベール。お祖母様と伯父様を紹介させて」  ルベールはアステルの手に移動したが、顎を引く。逃げる気はないが、怖いらしい。 「私の友達のルベールよ」 「初めましてルベール、アステルの伯父のヘリオスです」 「名前はよく聞く。姫さんが大好きだってのも聞いた」 「それはうれしい。あなたのこともアステルから聞いていますよ。小さな体とは裏腹に大きな勇気を持つのだとか?」  気まずそうにしていたルベールが胸を張った。ルベールは単純だからおだてに弱い。ひとをひきつけてやまないヘリオスには彼を篭絡するなど赤子の手をひねる様なものだろう。 「オルディアに印を頂いているのですね」  メリダの太く長い指がルベールの小さな左手に触れる。ルベールは手を引っ込めようとしたが、彼女の穏やかな眼差しにそのまま委ねた。彼女の赤い目は鋭く恐ろしげに見えるが、その目の奥には慈愛が宿っている。 「ドラゴンではあなたが最初で最後になるでしょう。素晴らしい友人を得たのですね、アステル」 「魔法使い様の印はそんなに特別なの?」  一緒に過ごしてみればちょっとお茶目でやさしいひとだった。特別な存在だということもわかった。けれど、ルベールには気軽に与えていたからそんなに特別だとは感じなかった。 「心清く正直なものしか頂けません。ドラゴンは本能とはいえ、狡猾で殺し合うもの。ドラゴンで印を戴けるものがいるとは思いもしませんでした」  魔法使いの印は想像以上に特別なものであるらしい。 「女王メリダ、聞きたいことがある」  ルベールが勇気を振り絞ったように口を開いた。メリダは柔和にほほ笑む。 「答えられることでしたら」 「どうして俺がこんなに小さく生まれ、ドラゴンが持つべき物を持たないのか。そのわけを知らないか?」  メリダは頬骨の浮いた頬をつとなぞる。 「調べることはできるかもしれませんが、現状ではわかりません。オルディアには聞かなかったのですか?」 「聞いた。女王メリダならわかるかもしれねぇって言われたんだ」 「そうでしたか。では、こちらへ」  差し出された大きな左手に薬指がないことにルベールは一瞬驚いた顔をした。だが、すぐにその手に飛び移る。彼女の大きな手の上でルベールはますます小さく見えた。  ドラゴンの女王は小さな小さなドラゴンを両手で包み込む。 「父母の縁が存在しない……欠陥ではない……そう生まれるべくして生まれた」  目を閉じたメリダがルベールをゆっくりと読み解いていく。黒髪がかすかに揺れ、ねじれた黒い角の幻のようなものが見える。手の中がぼんやりと光った。その姿は神々しささえ感じさせる。 「なんということでしょう」  ドラゴンの女王は深いため息を吐き、ゆっくりと手を開く。 「あなたはドラゴンであって、ドラゴンではありません。アステルと似た成り立ちをしています」 「姫さんと?」  ルベールは小首を傾げる。 「ええ、あなたの核は魔法石です。小さな欠片に偶然とドラゴンの血が散った。それが誰かまではわかりません。けれど、そこからあなたは生まれたのです。アステルの核となった魔法石はここに運ぶ途中でわずかに欠けました。その欠片で間違いありません。アステルとあなたは兄妹のようなもの。あなたの誕生は神の望みであったのかもしれません。オルディアは神の意思を知ることはできても、望みを理解できないのです。だから、オルディアにはわからなかったのでしょう」  思いもよらない話にアステルとルベールは見つめ合う。 「おれが、姫さんと兄妹?」 「概念としてはそうです。双子の方が近いかもしれません。あなたたちは出会うべくして出会ったのでしょう」  二人はなかなか言葉が出なかった。けれど、初めて会った時から不思議と懐かしかった。 「それは相違ないのか?」 「自ら確認するのが一番でしょう、フェニーチェ。道しるべがある今ならあなたの方が正確に調べられるはず」  フェニーチェは促されるままルベールを両手で包み込む。揺らめく炎が彼の輪郭を曖昧にしていく。 「この気配、確かにあの時の魔法石。地熱地帯の上空で欠いたとフロガは言うた。欠いたのは秋。辻褄が合う。遅れること一年と半、姫が生まれた」  偶然と出会った小さなドラゴン。彼はアステルの核である魔法石の欠片から生まれた。同じ魔法石を核にした二人。生まれることを願ったものは違っても誰よりも親しいように感じた。  ルベールはぱたぱた飛んできてアステルの頬に触れる。 「初めて会った時から姫さんが懐かしかったんだ。ずっとそばにいたいって思ったのも、姫さんの欠片がここにあるからなのかもしれねぇ。でも、そんなこと関係ねぇ。おれは姫さんが好きだ」 「ルベール」  差し出した手にルベールがゆっくりと降り立つ。この高い体温が自分と同じに感じたのは核が同じだから。それだけでなく、ルベールが大切に思えた。  ずっと一緒にいたいと思ったのは魔法石が共鳴したのかもしれない。けれど、そんなことは関係なく、アステルはルベールが好きになった。  額同士をくっつけて目を閉じる。 「あなたは私の友達。大好きよ、ルベール」 「おれも姫さんのことが大好きだ」  二人で笑い合ってこれでいいと思えた。今日は特別な日だ。
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