2/10
前へ
/33ページ
次へ
 翌日、フロガが調べた限りでは虹の魔法使いは西南西におよそ五十里行った町の外れにいるのだという。運よくゴンドーレ国内ではあるが、十分に遠い。アステルにとっては初めての長旅になる。  いくらフェニーチェが同行するといっても近くはない。フロガは心配そうにしたが、アステルの成長を願って許可を取り消さないでくれた。  ただ、父カーロはわからない。許しを得るため、アステルは彼のもとに向かった。毎日顔を合わせ、会話もしている。けれど、なんとなく距離を感じてしまう父。  幼いころ制御しきれない炎で彼の右腕を焼いてしまって以来、はっきりと溝が刻まれた。カーロはアステルに決して触れなくなった。  どこか軽薄でボディタッチの多い彼がアステルにだけは触れない。それでも愛しているという父がわからない。  王の顔と父の顔を使い分ける彼の本心がどこにあるのかアステルにはわからなかった。  執務をこなしている彼は王の顔をしている。多忙な彼は賢王と評価が高い。その第一王女でありながらアステルは王位継承権を与えられなかった。  ドラゴンの血を引いているから。  それがすべてだった。であるなら、王たる彼がどうしてドラゴンの血を引いた王女を生み出したのだろう。  異母弟のシャルル同様、子供は人間である第二妃とのみもうけるべきだった。そもそもフロガを王妃にするべきではなかったのだろう。けれど、彼は命を削ってまでアステルを生み出した。 「お父様」  声をかけると彼は顔もあげずに椅子を指さす。執務室の隅に置かれた椅子はアステルのために置かれている。  カーロのそばにも椅子はあるが、その椅子に座ることは禁じられている。政治にまつわるものには決して関わってはならない。それがアステルに課せられた決まりの一つだ。  彼女は時折、自分がどうして王女なのか考える。関わってはならないなら王女として生まれた意味を持たないのではないか。なのに王家に生まれた責任を問われるのはなぜか。  民が治める税があるから衣をまとい、食事ができる。それだけの説明では承服しきれないものがある。 「お待たせ。どうかした?」  執務を終えた父がいつの間にかそばに来ていた。彼はフロガよりは小柄だが、人間にしては大柄だ。父はいつもアステルの手が届かない距離にいる。 「私、魔法使い様に会いに行きたいの。フェニーチェが連れて行ってくれるって。行ってきてもいい?」 「んー、いいんじゃないかな。お勉強にもなるし」  いつも通りの軽薄な返事だった。彼はアステルが望むことに反対することはほとんどない。それが愛情から来るのか、その軽々とした性格から来るのか、アステルにはわからなかった。 「どれくらい遠くまで行くの?」 「ディルニアの町」 「えっ、そんなに遠く? パパ寂しくなっちゃうな」  からからと笑う彼がわからない。その笑顔の向こうで彼はなにを考えているのだろう。 「馬車で行くの? お母様に送ってもらう?」 「自分で飛んでいくの」 「わお。じゃあ、どれくらいかかりそう?」  彼の太い眉が片方だけ上がった。 「フェニーチェが言うには片道一週間くらい」 「そうか。飛んでいくんじゃ護衛もつけられないし。ううん、ちょっと考えてもいい?」  アステルが頷くと、彼はぶつぶつ言いながら室内を歩き始めた。彼なりに心配して考えているらしい。 「フェニーチェと一緒?」 「ええ」 「ううん、彼なら心配ないと言えばそーだよね。わかった。いいよ。でも一つだけ条件がある」  彼の目が鋭くなった。政治以外でそんな目をするのを見るのは初めてだ。 「王女の短剣をあげるから、絶対に肌身離さず持っていること。それから、週に一回でいいからお手紙出してね。パパ寂しくて死んじゃうから」  思わず笑いそうになったが、どうにか堪えて頷く。 「わかったわ。ねぇ、お父様、一つ聞いてもいい?」 「いいよ」 「お父様は私を愛してる?」 「当然じゃない。フロガの次に愛してるよ、アステル」  にっこり笑った彼の歯は真っ白で作り物のように整然と並んでいる。やはり、彼がわからない。 「私も愛してるわ、お父様」  うれしそうに笑った彼は侍従長に指示をして、アステルを宝物庫に連れて行かせた。宝物庫で侍従長から渡されたのは宝石が一つだけ飾られた優美な短剣だった。  宝石は乳白色で七色に輝き、オパールのようにも見えたが、少し違っている。侍従長もそれがなんの宝石かは知らなかった。王だけが口伝で知っているという。  アステルは聞きに戻れなかった。ただ、父が愛の証としてこれを託してくれたことをうれしく思った。   
/33ページ

最初のコメントを投稿しよう!

17人が本棚に入れています
本棚に追加