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その夜、アステルは星空を見上げてふうとため息を吐いた。フェニーチェはもう別室に引っ込み、ルベールはポシェットの中だ。ルベールは息を殺して眠る癖があるから、起きているのか寝ているかもわからない。
「眠れねぇのか?」
不意に声が聞こえて振り返るとルベールのくりくりとした金色の目がこちらを見ていた。アステルは彼の頭を指先で撫でる。
「眠れないわけじゃないわ。考え事をしてたの。私は半分ドラゴンで半分人間。あなたはとっても小さい。あなたも私も普通のドラゴンと違う。ルベールは普通の大きなドラゴンだったらって考えたことある?」
彼はぽてりと座ってため息を吐く。
「考えた。散々考えたさ。ネズミにかじられそうになったり、ネコに食われそうになったり、人間に箒で掃き出されたり……普通のドラゴンだったらそんなことされねぇ。生きるためにロウソクやランプの灯をこそこそ盗むなんてしなくていい。でんと火山に住んでよ。人間にちょっぴり手を貸して暮らせたら」
楽しそうに空を見上げていた彼は自らの小さな手に視線を落とす。
「おれにはそんな普通、用意されてなかった」
ルベールはあおむけにころりと転がる。小さなネズミとそう変わらない大きさの彼がたった一人で生きるのは簡単なことではなかったのだろう。ネズミやネコでさえ脅威になる。それでも彼は必死に生きてきた。
「でもよ、姫さんに出会って、おれの人生も捨てたもんじゃねぇて思ったんだ。おれはバカで単純だからやさしくされて、いろいろ教えてもらえてうれしかった。最初は魔法使い様のところに行きたい一心だったけど、もっと姫さんといたい。姫さんがいいならだけど」
ルベールは少し恥ずかしそうに鼻をこすった。アステルは小さなドラゴンのお腹をくすぐるように撫でる。
「私、あなたが一緒で楽しいわ。いやだなんて思うはずがない」
彼はけけけと笑って、じたばたと体をよじり、アステルの手から逃れる。
「それで、姫さんはなにを考えてたんだ?」
「私はドラゴンになりたいのか、人間になりたいのかって」
「姫さんは姫さんのままじゃダメなのか?」
「ダメじゃないけど、わからないの。私はどっちなんだろうって……飛べるのは楽しいし、人間の食べ物を食べるのも、火を食べるのも好き。歌えるのは人間の血を引いたから。魔法が使えるのはドラゴンの血を引いたから。でも、この見た目だから、どっちともなんとなく距離がある気がしてる」
ぜいたくな悩みであることはわかっている。恵まれたがゆえの悩み。持たざる彼の悩みを知りながら話すのはわがままかもしれない。
「いいとこ取りって感じするけどな」
「そう、なのかな? それもわからないの。フェニーチェが急に魔法使い様に会いに行こうって言い出した理由もわからないし」
突然のことだったのに、両親もすんなりと許してくれた。
「姫さんはずっとお城にいたんだろ?」
「ええ」
「外の世界を見せようって思ったんじゃないか?」
「外の世界を?」
「おっかないことも多いけど、世界はきれいで楽しいから、見たらきっと何かが変わるって」
必死で生きてきた彼でさえきれいだと思える世界なら、フェニーチェや両親がそう思わないはずがない。
「そう、そうかもね。フェニーチェは三千年も生きているんだもの。意味もなくこんなことするはずがないわ」
ルベールはこくこくと頷く。
「フェニーチェは小うるさいし、意地悪も言うけど、姫さんのことすっごく大事なんだって。大切なんだって思うからよ、もっと頼ってもいいんじゃねぇか? なんだ、フェニーチェが言ってた、あまえるってやつだ」
アステルはくすりと笑う。彼は一生懸命考え順応しようとしている。そんなところも好ましくて、アステルはルベールの額に口づけを落とす。
「ありがとう、ルベール。なにかわかった気がする」
「なんてことねぇ」
ルベールは小さな口をくあと開けてあくびをした。もう夜も更けた。小さな彼には眠くて仕方がないのだろう。
「話に付き合ってくれてありがとう。おやすみなさい、ルベール」
「おやすみな、姫さん」
ルベールはポシェットに滑り込む。アステルもカーテンを閉めてベッドに潜り込んだ。
旅程がのんびりしていて、フェニーチェはいつも街を見て回れるようにしてくれている。ルベールの言う通りなのかもしれない。
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