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 翌日、アステルがフレイアのもとで火の制御を教えてもらっているとオルディアがふらりと訪れた。 「アステル、それを出してください」  オルディアはアステルのポケットを指さした。 「それ?」 「気配を感じるんです。これくらいの大きさの魔法石が飾られた道具を持っていませんか? あなたの夢には入れないので形状まではわからないのですが、カーロから託されているはずなんです」  彼が示した大きさは親指程度の大きさだ。心当たりはないが、カーロから託されたものは一つしかない。アステルはポケットから短剣を取り出す。 「これのことですか?」 「そうです。あなたに受け継がれたんですね」  王だけが口伝で知るという王女の短剣の秘密。やはり彼は知っているようだ。 「父に肌身離さず持っているようにと渡されたんです。これが魔法石ですか?」 「はい。あなたの核になったものとも違う。特殊な魔法石です」  オルディアは唐突にどこからか杖を取り出した。彼の杖に飾られた宝石と短剣の宝石は同じだった。 「これは私の杖の飾りを欠いたもの。他の魔法石とは比べ物ならないほど強い力を持ちます。その分、使った場合の反動は大きい。使いこなせるほどの魔力も今のあなたにはない」 「ならどうして私に受け継がれたんですか?」 「必要だからです。アステル、あなたには普通の運命は用意されていません。愛された分だけ重い試練があなたに降りかかるでしょう。私はあなたの未来が見られるのに触れられない。あなたの夢に入ることさえできないんです。生きとし生けるものすべての夢に入れる私が入れないというのはどういうことか。神の意思ではなく、望みがあなたにかかっているということ。神の望みは重く、私には不可侵です。だから、あなたが未来を切り開いていかなければいけない」  オルディアは短剣ごとアステルの手を包み込む。思いのほか、彼の手はあたたかい。 「今、ここにいる間にできる限りのことを教えます。だからどうかくじけずに歩き続けてください。あなたにはあなたを愛するドラゴンや人間、不死鳥がいる。あなたなら大丈夫」  祈るような声だった。  魔法使いは少しずつ世界を変えている。魔法を使って変えることもあれば、夢を渡って働きかけることもある。そのどちらでもアステルには干渉できないのだろう。  それが神の望みだと彼は言った。神の意思を知る彼は神の望みに触れられない。アステルに掛けられた望みがなにか、彼にもわからないのだろう。けれど、重い運命であることは疑いようもない。 「魔法使い様の知る未来は避け得ぬものなんですよね?」  彼はひどく悲しそうに頷いた。 「あなたに話してあげることもできません。私にも神の制約はかかっている。だから、教えられることはすべて教えたい。短期間でどれほど教えられるかわかりませんが、ついて来てくれますか?」 「はい」  その日以降、午前中はフレイアから火の制御の指導を受け、午後にはオルディアから短剣を使うための指導を受けた。ルベールもたまに一緒だったが、彼の魔力は微々たるもので、すぐに力尽きて眠っていた。 「少し気になったんですが、ルベールには発火器官がありませんよね?」  フレイアが眠ってしまったルベールをつつきながら言った。火の制御を彼も教わっているが、そもそもの火が出せないことも多い。 「一回目しか出ていないので」 「発火器官ってどこにあるものなんですか?」 「喉です。ドラゴンの首に人間でいうところの喉仏のようなものがあるでしょう? あれです。ルベールにはありません。触ってもわからないですし。そもそもどうやって火を出しているのか」  アステルは気にしたこともなかったが、確かに何度も火が出せないのは少し不思議だ。ドラゴンといえば、体内で炎が燃えているだけでなく、自在に炎を作り出し、あらゆるものを焼き尽くす。アステルの操る炎もドラゴンのものだからフレイア曰く凶暴な炎だ。 「火袋から直接出しているんですよ」  いつの間にかオルディアがそこにいた。彼は気付くとそばにいて、気付くといない。 「先日気になって調べたんです。ルベールには発火器官がありませんし、火袋も極端に小さいんです。さらにその火袋から火を直接出すので、出せる炎は食べた分だけ。空腹時は出ません。指導するなら一回ごとに食べさせてあげてください。伸びてるのは空腹もあるんです」 「おや、それは酷なことをしてしまいましたね。アステルが優秀なものですから、ルベールそっちのけになってました」  オルディアはつと唇をなぞる。 「ルベールはそもそもそういう器を持っていないんですよね。私がなにか役に立つことを教えることにします。フレイアはアステルに専念してください」 「わかりました、ディア」  オルディアは床にぽてんと落ちているルベールを拾い上げて去って行った。 「さて、では最大火力がどこまで出せるか試してみましょうか」  アステルは戸惑い、目を泳がせる。 「あの、幼いときでも父を大火傷させたんです。以来使わないようにしていました。だから、今はどれくらいか自分でもわからなくて……」 「わからないからこそ、知る必要があるのです。大丈夫、私は火の精霊ですよ。それも太古から生き、魔法使いに仕える最強の精霊。火の精霊のトップ。その私が受け止めるんです。私を倒せるなんて思い上がりをしているわけではありませんよね?」  アステルは慌てて頭を振る。気軽に話してくれて、指導もわかりやすいから忘れかけていた。彼は最強の火の精霊。ドラゴンの血を半分しか引かないアステルが彼を凌駕できるはずもない。 「行きます」 「来なさい」  全力で炎を出すとフレイアの青い炎が彼女を取り巻いた。アステルの赤い炎が彼の礼儀正しい炎とぶつかる。 「もっと出せるはずですよ!」  教えられた通りに力を込めると赤い炎はさらに大きくなり、深紅に色を変えた。 「いいですね。さすがはメリダの血族。けれど、あなたの底力はそんなものではないはず」  フレイアの青い炎が突如として襲い掛かって来た。アステルは咄嗟に炎をまとめて送り出す。ごおごおと鳴いた炎が絡み合い、うねる。深紅の炎と青い炎はほぼ互角だが、やはりフレイアの青い炎が勝る。アステルは押し返すためさらに力を籠める。その時、大地の精霊が顔を出した。 「フレイア、家が燃える」  二人は慌てて火を収める。本気でやり合うなら外でするべきだった。 「予想通りでした。すばらしい。アステル、全力で出しても制御できましたね。偉いですよ」  頭をわしわしと撫でられてアステルは曖昧に笑う。 「フレイアさんはお祖母様の炎を見たことがあるんですか?」 「ありますよ。彼女の炎は無駄がなくて、紫に燃えるんです。温度も私の炎より高くて、初めて彼女の炎を見たときはちょっぴり自信を無くしましたね」  火の精霊に自信を無くさせるほど、メリダの炎は強いものらしい。やはりメリダは並ではない。 「あなたも努力次第ではメリダに匹敵できる炎が出せるようになるとは思います。ですが、人間の血を引くあなたの肉体は脆い。そこは忘れないでください」 「わかりました」  いつの間にか戻ってきていたオルディアが部屋の隅に座っていた。 「メリダは肉体の強靭さもありますが、精神も強いですからね。アステルも精神面では十分に強くなれますよ」  魔法使いに微笑まれて、アステルは曖昧に笑う。伝説の女王とも言うべき祖母に匹敵するほど精神的に強くなるのは簡単ではなさそうだ。 「魔法使い様、ルベールはまだ寝ているんですか?」 「いいえ、私といますよ」  オルディアは立ち上がって両手を広げる。 「どこにいるでしょうか」  彼が少しお茶目なのは薄々気付いていた。たまにこうして遊びを仕掛けてくる。  先ほど来た時と特に変わったところはない。ルベールは小さいが、へばりついていればわかるはずだ。ポケットも膨らんでいない。強いていうなら、小瓶を手に持っていた。だが、その小瓶はルベールが入れるほど大きくない。 「わかりませんか?」  オルディアの声がわくわくしたように弾む。他に変わったところはといえば、ネックレスを付けている。細かな細工のされた小瓶だ。やはりルベールが入れるはずがない。けれど、先ほどと違うのは二つの小瓶だけだ。アステルは小瓶にじっと目を凝らす。 「いた!」  アステルは彼のネックレスを指さす。ネックレスの小瓶の中に小さな小さなドラゴンが入っていた。 「正解です」  オルディアはネックレスを外してアステルに渡した。ますます小さくなったルベールが瓶の中から手を振る。 「上手に入ってるでしょう? 縮小魔法の簡単な応用です。これで周囲からの危険を回避できます」 「元に戻るんですよね?」 「自由自在ですよ。練習すれば」  小瓶の中でルベールは得意げに胸を張った。 「出入りには何回か成功しているので、あとは安定的にできるようにするだけです」 「すごいわ、ルベール」  小瓶から出てきたルベールは元の大きさに戻ってくけけと笑った。 「一発でできたからほめられたんだぜ」 「すごいじゃない」  ルベールは得意げに胸を張る。 「思ったより器用に魔術を使えるんです。素質はありますよ」  元より小さく幼いから、まだできることは少ないとでも言いたげな口ぶりだった。  アステルもルベールも発展途上。いずれできることは増えて行くだろうが、できないことも多い。ここにいられる間に少しでもできることを増やしておきたいとアステルは思った。
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