好きなんだからいいじゃない

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 隣の席から椅子を拝借して、私の隣に置く。野々華ちゃんはお礼を言って椅子に座って持っていた紙コップをテーブルに置いた。  野々華ちゃんが上目遣いに私を見る。 「あの、驚いた?」 「うん。ちょっと、びっくりした」  風が吹く。野々華ちゃんの綺麗で長い黒髪が風に揺られる。 「私ね、本当はぬいぐるみ大好きなの。学校では内緒にしてたけど……」 「そうなんだ……」 「意外って思った?」 「う、ん、まあ……、少し?」  野々華ちゃんは、はあっとため息をつく。そして紙コップの中身をすする。 「私、昔からよく言われるの。クールだの大人っぽいだの」 「へ、へえ……」 「でも私、本当はそういうのすごく疲れるんだ」 「そうなの?」  それこそ意外だ。野々華ちゃんが、まさかそんな悩みを抱えていたなんて。 「周りのイメージに合わせちゃってるだけなの。昔からそうよ。そりゃ化粧とか香水とか。そういうことも大人っぽくて憧れはするけどね。でも本当はまだ早いかなって思う。だけど自分のイメージがあるから、ぬいぐるみ好きなんだってこと言えなくて」 「何で? いいじゃん別に。何好きになるのも自由だろ?」  さっきからずっと黙っていた崎下が口を挟んだ。 「私もそう思いたい。でも周りは私に勝手なイメージを押し付けるの。中学成り立ての頃はまだ良かったかな。クラスに同小の子もいて、私の趣味とか理解してくれる子は何人かいたし。だけどよその学校から上がってきた子は知らないじゃない? そんなかわいいの持ってるわけないって。クラス替えは苦痛だったな」 「そんな……」 「だから私、家の外では絶対にぬいぐるみを好きなことは内緒にしてようと思ったの」  そう言って紙コップを指でちょんとはじく野々華ちゃん。私も同じだな。小さい頃は恥ずかしいなんて思わなかったのに、どうしてこんな風になっちゃうんだろう。 「私のお兄ちゃんもね、すごくぬいぐるみが好きで。十個くらい歳は離れてるんだけど、ぬいぐるみでよく一緒に遊んでくれたんだ」 「へえー、いい兄貴じゃん」 「うん、私もそう思う。けどいつからかな、それがすごく恥ずかしくなっちゃって、お兄ちゃんにもぬいぐるみ好きなんて恥ずかしいから外では言わないで、とか言ってたくらいだし……」  野々華ちゃんが、またため息をついた。 「でも、二人はすごいね。崎下くんは特に男の子なんだから、そういうの恥ずかしいとか思わなかったの?」  野々華ちゃんが、崎下に控えめな感じで聞く。崎下はさっき私に答えたみたく、全く気にするそぶりはない。 「全然。俺はむしろ好きなものを好きっていうことの何がいけないんだって思う。もしそれで馬鹿にするような奴らがいたら、俺に言えよ。殴るとかはしねえけど、威嚇(いかく)ぐらいはできっから」 「ぶっ」  威嚇って……。動物じゃないんだから。 「あはは、崎下くんっておもしろいね。……柚菜ちゃんは?」  今度は私に聞いてくる。私は、ちょっと迷ったけど、正直に答えることにした。 「私は、崎下とは逆なの。私も恥ずかしいと思ってたんだ。年齢とか性別とか関係ないっていうけど、でもやっぱり周りが同じでないと不安になるっていうか……。そっちの方が勝っちゃって……」 「そうなんだ……」  だんだん声が沈んでいく。考えてみれば当たり前の話なんだけど、好きなことを好きって堂々と言える崎下は、やっぱりかっこいいと思う。 「でも、やっぱりすごいよ。私なんて、こういうところに入る勇気すらなかったもん。だから、ちょっと遠くから雰囲気だけでも味わおうと思って、興味のないふりして近づくのが精いっぱいだったんだ」 「それで、ここにいたんだね」 「……うん」  パンフレットに手を置いてふうっと息をつく野々華ちゃん。  好きなのに近づけない、か。何か恋愛に似てる気もする。意味は少し変わるけど。そういう気持ち、私は分かる。 「でもね、やっぱり後悔。シャンシャン触れるチャンス、自分で逃しちゃうんだもん。……馬鹿だよね」 「そんなことないよ!!」 「柚菜ちゃん?」  絶対そんなことない。私だって、私だって、恥ずかしくて言えない気持ちなんてたくさんある。だから、崎下にだっていまだに……。 「とにかく、野々華ちゃんはそんなんじゃないよ。……ね、野々華ちゃん、今からでも間に合うよ。イベントの時間は終わっちゃったけど、みんなで頼みにいこうよ!」 「え、行くって……」 「お、面白そうだな。俺も乗った!」  崎下……。 「ええ、でも……」 「シャンシャン触りたいんでしょ? 大丈夫、私たちがいるから。だって、野々華ちゃん、恥ずかしいとか言ってても、今だってこうして話してるじゃない。本当は行きたいんじゃないの?」 「……行きたい。シャンシャン、触りたい」  小さい声だったけど、野々華ちゃんの気持ちが強く届いた。
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