第36話 七虹香

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第36話 七虹香

「やっぱり着替えくらい取りに帰った方が良かったんじゃない?」  学校を出てそのまま駅に向かったため余計な荷物は残して鞄だけ背負ってきた。  そして笹島は手ぶら。僕の鞄にポーチだけ突っ込んできやがった。 「大丈夫大丈夫! 下着くらいコンビニで売ってるし、カレシとお泊りしたときとかよく使ってるから。あ、でもいま一応フリーね」 「そんな情報は要らない――」 「なんでよ、二人で制服で新幹線とか駆け落ちみたいで楽しいじゃん」 「一人で駆けて落ちてくれ……」 「せっかく人が付き合ってあげてるのに!」 「てかさ、笹島は何でついてきてくれるの?」 「…………」 「言いたくないならいいけどさ、こっちは助かるわけだし」 「笹島じゃなく七虹香って呼んでよ」 「ナジカさん」 「さんは要らない」 「ぇえ……」 「そこ、呼ぶとこ!」 「こいつ――いったい何なの」 「心の声ダダ洩れ!」  ◇◇◇◇◇  お菓子と飲み物を買って新幹線に乗る。  とりあえずいつものぼっち癖で窓側に座ろうとすると――。 「ああ、瀬川! あたし窓側窓側」  子供か! とりあえず通路まで出ようとするが乗客に押されて笹島も押し入ってきた。 「いや、出られないんだけど」 「瀬川がそのままそこ座ればいいでしょ」  はぁ――仕方なく真ん中の席に座ると笹島が前を抜けていくのだが、普段から折って短くしているスカートからでかい尻が溢れそうになっているのが間近で見えて思わず目を逸らす。 「スカート短くしすぎだろ」  やっと座った笹島は早速お菓子を開けていた。 「えっ、見えた?」 「見てねえ」 「瀬川って面白いよね。照れると何でそこまで口調がぶっきらぼうになるの?」 「そんなつもりはない」 「演劇の時もすっごい自然だったでしょ。あれ、キュンとした女子、多かったらしいよぉ?」 「渚だけいればいいの」 「鈴代ちゃん、愛されてるねえ」  その後、動き出してからも笹島はなんだかんだと喋りまくり、よくこれだけ体力が持つなと感心したものだった。陽キャのエネルギーすごいわ。 「――んでね、カレシがエッチ短すぎて喧嘩になってそのまんま!」 「おま、声っ! ――そういうことを他の男の前で言うなよ……」 「だぁて他に聞いてくれる人居ないもん。かなたんは今、男居ないなら言い出し辛いでしょ。夏乃子はカレシ社会人だから卒業までエッチは無しって言われてて、話はともかく気持ちはわかってくんないでしょ、うちのクラスでエッチの相談できる女子居ないもん!」  笹島、この間の三村のこともそうだけど、こいつ妙なとこで気遣いできるからな。 「そんなもん、相手の男と話し合って解決するしかないだろ……他人に相談する時点でおかしいし聞きたくない」 「そうかなあ。瀬川のとこはそうしたの?」 「僕は……って言うわけないだろ」 「――あと声小さくしろ、さっき通ったリーマンとかニヤついた顔でお前の顔、確認してたぞ」 「ええ、守ってくれるんだぁ?」 「そうじゃない、恥ずかしいだけだ」  ◇◇◇◇◇  駅に着き、ホームに降りてやっと笹島のお喋りから解放される。 「で、ここからは?」 「乗り換えー」  スマホを確認していた笹島はそう言ってスタスタと歩き始める。  荷物も無いから気軽なもんだ。  ただ、別の線に乗り換えるとひと駅ほどですぐに降りる。 「もう乗り換えなのか?」 「んにゃ」  そう言うと笹島はそのまま駅を出て歩き始めたのでついて歩く。  思ったより近い所にあるんだななんて思っていた。思っていたら――。 「うなぎ食べよう!」 「お前は!!!」  笹島を信用した僕が馬鹿だった。 「もうすぐお昼だしぃ、パパと来たとき食べられなかったもん」  結局、昼はどこかで食べないといけなかったため仕方なく鰻を食べに入った。なんでだよ……。平日なのにそこそこ客が居て待たされるが、笹島は喋りっぱなし。 「結局、昨日は夜中に帰り着いたわけ。最初は翔子さんちに泊るはずだったんだけど、パパと喧嘩しちゃって。翔子さんは一緒に帰らなくてそのまんま。あたしは――」  笹島を眺めていたら、お喋りが止まった。 「――何? 瀬川」 「いや、相槌もついてないのによく喋るなあって」 「変?」 「いや、僕とか渚はたくさん喋るのには慣れてないから体力あって凄いと思う」 「あたし体力はあるよ。運動は得意じゃないけど夜通し遊べるし」 「素直にすごいと思うわ」  店員さんに案内されたので席に着き、お品書きを見る。  高い……鰻高いよ……。しかも丼じゃなくて重だよ。  一応、宿泊費とかもカードに入れてくれてると思うので余裕はあると思うけど。  そして笹島はガッツリ食ってた。特の特の大みたいなのを。  あれだけ喋るんだ、よく食うわ。  店を出ると駅に向かった。  再び同じ線に乗る。結局、鰻食べに寄っただけだった……。  ◇◇◇◇◇ 「はぁ~食べた食べた。今なら一晩中エッチできそう!」 「早く家だけ教えて彼氏の所へ帰ってくれ……」 「あたしも後で用があるの。なんなら瀬川でもいいよ。瀬川が普段、どんなエッチしてるか気になるし」 「お前の頭ん中がどうなってんのか知りたいわ」 「語っていいの? 語っちゃうよ?」 「やめて知りたくない」  ◇◇◇◇◇  その後も笹島のお喋りは続いた。そして天気は晴れているけれど、停車の度に少し風が吹き込む。西の空には雲が見えていた。そんな空模様に不安を感じてしまう。  バスに乗り換えても外を眺めながらのお喋りが続く。バス停で降りてしばらく水路のある道を歩くと周囲を掘りのような水路と塀に囲まれた平屋の大きな屋敷が見えてきた。一応、スマホのマップに目印を付けておくが、これだけ大きければ衛星写真ですぐわかるじゃないか!  笹島をねめつけるが――何?――って顔をするだけ。  まあ、ここまで案内してくれたしな。 「ナジカ、ありがとう。助かった」 「ああ、うん?」 「じゃあ」  ついてくる笹島。 「――お前も飛倉の屋敷に用?」 「ううん、ここに用は無いけど」  まあ、笹島のことは置いといて、僕は門のところでインターフォンを押した。  すると男の声で返事がある。 「瀬川と申します。鈴代さんの高校の友達なのですが、彼女に会いに来ました」 「……そのような人は居りません。お帰りください」 「いや、ここにいるはず――」  ブツッ――音が切れてしまった。  僕は再びインターフォンを押すと同じ声が。 「瀬川と申します。鈴代さん――」  ブツッ――再び切れてしまった。 「え……いや、それは無いでしょ」  何度かインターフォンを押すがまるで相手にされない。  笹島に代わりに話してもらったけれどもダメだった。  閉じた門を叩いてみるが返事はないし、押しても引いても動かない。  僕は立ち尽くしたままだった。まさかここまで来てこんなことになるなんて。  動かない僕に笹島は左腕を取り、ぐいと引っ張って歩き始めた。 「瀬川、行こう」 「いや、だって……」  笹島にバス停まで腕を引っ張っていかれ、ベンチに座らされる。  屋根のついた待合所。  どこかで見た……懐かしいような不思議な空間だった。  ポツ、ポツ――と、アスファルトの上に黒い染みが現れ、増えていく。  やがてそれは冷たい雨のカーテンとなり、周囲の音と視界を奪う。 「これならエッチしてもバレないね」――笹島の言葉にハッとする。  ああ、そうだ。渚もこの光景を見たんだ。  そして笹島も渚の小説を読んでいた。 「バレないわけないだろ」  こんな場所でそんなことをしてバレないわけがないと実際に感じた。  渚もそう思っただろう。何ならバレてもいいやって思ったかもしれない。  そう考えるとあの小説の解釈も変わってくる。  変わってしまう自分をあの男の子から雨で隠したかったんじゃない。  変わる自分をあの男の子に見て欲しかったんだ。雨はほんのちょっとした慎ましさ。  そう考えると確かにあの男の子は過去の渚で、物書きは僕だ。  僕は口も悪いってわかったし。  渚のことがもっと理解できたというのに渚はここには居ない。  溜息をついたころには通り雨は止んでいた。 「瀬川! ほら虹! 虹が出てる!」 「ああ、うん……」  立ち上がって待合所を出ると確かに七色の虹が出ていた。 「虹の香りがするでしょ!」  ――――――ああ……そうか。虹の香りってこれか。  何言ってんだこいつって思っていたけれど、実際に体験してみるとわかる。  鼻が通るような空気の瑞々しさと、雨が跳ね上げた地面の匂い。  これのことを言っていたんだ。 「七虹香がなんとかしてあげる!」  そう自信満々に言った彼女は僕には確かに、虹のように輝いて見えた。
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