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「なにそれ」
わかんないかなあ、と春姫は意味ありげに微笑んだ。
「一年生や二年生のとき、普段の稽古はなんてことないけど、いざ試合になると絶対勝てない先輩、いたでしょう」
「うんうん」
「遠慮しているわけじゃないんだけど、なんっか許しちゃうんだよね」
「あるある、そういう場面」
「そういうことよ。下級生は、勝手に自滅してくれるのよ」
「谷川もかな」
「早霧? あれはどうかな、気配りないからね。ガンガン来そうだね。ま、中にはそんなのもひとりくらいはいるさ」
だよねだよね、そっかそっかとキツツキのように頷く理奈を見て、
「補欠にでもなれたら儲けものって感じ、かな?」と春姫は軽く胸を張った。
「せんぱーい」
ショートカットでややたれ目の矢島聖羅が駆け寄ってきた。二年生の中では実力上位だ。足さばきが上手く、間合いを詰めたり切ったりすることで相手を翻弄するのが得意だ。
「聖羅ちゃん、どうしたの」
「総当たり戦、よろしくお願いします」
「よろしく、って、仲良しじゃあダメなんだよ」
「でもぉ、挨拶はしておかないと」
「そうだよね、よろしくね」
「わたしが勝っちゃっても悪く思わないでくださいね」
「な」
「じゃあ、また明日、よろしくですぅ」
スカートを翻し、聖羅はあっという間に去っていった。
(あとは、あとなんだっけ、小手を打ったとき、加奈の場合はどう受けてたっけ。あ、だめだ。一旦休憩)
磯村菜々子は、一時間ほど机に向かっていたが、ついに集中力が切れてため息をついた。
銀縁眼鏡をはずし、こめかみを指で押す。
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