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 四月は年度初めであり、学校でも会社でも役所でも、どこでもなにかと忙しい。  警察署においても同様で、人事異動で組織体制が新しくなったり、担当が変わったりでそれらに対応するために業務も多忙になる、なので署員は剣道をしている時間はほとんどない。  警察署内にある剣道場を使わせていただきたいという木場壮介の申し出は、抽選も順番待ちもなく即承認された。  希望時間は十八時から二十時の二時間である。  沙也加は父壮介に連れられ、警察署の道場へやってきた。学校の練習が終わると即着替え、父に送ってもらったのだ。皆に「どこ行くの」「何かあったの」と訊かれたが、急ぐからとだけ言い、道場を出た。 「実は他にも申請がありましてね、貸し切りではありません。その辺をご承知願います。仲良く使っください」  施設管理担当は、無表情で言った。  壮介は「わかりました。よろしくお願いします」と頭を下げた。ごねたところでどうすることもできない。素直に従ったほうが得策である。 「他にもいるって誰だろな」係員が去ったあと、壮介が呟いた。 「知らないよそんなこと」沙也加はつっけんどんに答えた。 「こっちは学校の稽古が終わったあとに、もう一回ダメ押しの稽古っていうつもりなんだけどな、どこかの剣友会かな」  礼をして道場に入ると、片隅に人影があった。 「あれ?」壮介は目を凝らしながら近づいた。道場にいたのは、宇津井旬の率いる阿仁川工業高校の剣道部だったのだ。 「やあ、君たちだったのか」壮介は彼らに近づきながら言った。 「どうしたんすか」旬が何かを期待するように目を輝かせて言った。 「君たちこそどうしてここに」 「うちら、学校の道場がボロでして」 「そうなの」 「床が抜けているところがあるし、危険なので」 「そうなんだ、大変だね。じゃあ、大会までここで練習かね」  ハイと一同が元気な声で返事をした。 「木場さんこそどうしたんですか、また何かの大会に出るんですか」 「いや、俺は出ない。でもね」  と沙也加に振り向く。沙也加は道場入口から数歩の位置に立っていた。  壮介は手招きして沙也加を呼び寄せた。
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