3/4
前へ
/119ページ
次へ
 真紀が憮然と言った。「いいよ、わかった。コテンパンにしてやるからね」 「望むところだわ」  互いに睨みあった。火花が散りそうなほど険悪なムードになる。 「よし決まった。宇津井君、じゃあ頼むね」  壮介は、宇津井の返事も待たず回れ右をして歩き出した。この場にいることが耐えられなくなったらしい。  女の意地の張り合いに圧倒された宇津井は「はあ」と曖昧な返事をしたが、壮介と入れ替わりに道場に入ってきた人物を見て顔がぱっと明るくなった。 「笹渕さん」  短髪、ハンガーのような肩幅、太い眉の笹渕が片手を上げた。  笹渕は、県警を代表する剣士である。数々の警察関係の剣道大会に県警代表として出場している。 「署の皆は忙しいけど、俺は暇だからさ。つき合うよ」 「ぜひぜひ、お願いします」 「じゃあ、俺たちももう少し延長すっか」 「おう」  宇津井はじめ他の男子からも歓迎され、笹渕は「なんか変じゃねえか」と戸惑いながらも嬉しそうだった。  笹渕の登場で、反発していた沙也加と真紀が顔を見合わせた。早くも笹渕のすごさを感じ取ったのか、二人はほぼ同時にぶるっと身震いした。 「じゃあ、沙也加、俺も時々来るけど、あとは大丈夫だろ、がんばれ」  いつの間に戻って来たのか、沙也加の父木場壮介がそこにいた。  学校での稽古を終えた後に警察署剣道場で稽古する日が続いた。  川添真紀は、沙也加と顔を合わせた日以降、警察署の道場へ顔を見せることはなかった。  沙也加は、なぜ真紀は来ないのだと宇津井に訊いた。 「あいつ、鹿児島に行っちまったよ」宇津井は他人事のように言った。 「そう」  沙也加には真紀の気持ちがわからないでもなかった。阿仁川工業高校には女子は川添真紀ひとりなのだ。だからと言って沙也加たちと一緒に稽古したのでは、モチベーションが保てない。身を置く場所は限られるのだ。 「負けないからね」沙也加は呟いた。  阿仁川工業高校の連中はともかく、現役警察官、しかも第一線で活躍している笹渕は、強かった。  打ち込む隙が無いのだ。  どこから攻めていいのか全く分からなかった。
/119ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加