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 世間は連休真っ只中だが、警備員の壮介にはそんなことは関係ない。有給休暇をとれるほどの人員の余裕は会社にない。祝祭日に出勤したからといって手当が出ることもない。  娘の沙也加は、選手選抜のための部員総当たり戦に臨んでいる。試合ぶりを観に行くことができなくて木場壮介は仕事に身が入らない。  病院内を巡回している時も、単に巡回経路を歩いているだけだ。もし周囲に異常があったら見落としていただろう。 「ああ、沙也加は今試合しているんだよなあ、全員と総当たり戦だなんて、大変だよなあ。昨日は三人に勝ったと言ってたけど、毎回毎回勝てるとは限らないからなあ、でもできる限りの練習はしてきたんだ、なんとか勝ち残ってほしいものだ」  壮介は病院の屋上に出ると、空を見上げた。蒼い空に白い雲が所々に浮かんでいる。さわやかな風が顔を撫でていった。「とりあえずは十四人と無事に対戦が終わりますように」と呟いた。  ふいに妻の沙羅の顔が浮かんできた。  沙羅は、かつて鬼姫と呼ばれていたほどの剣士だ。沙也加はその遺伝子を継いでいる。 「ま、俺が心配していても仕方がないな。沙羅の娘でもあることだし、なんとかなるだろ」  壮介は、うん、と大きく背伸びをした。  総当り戦が始まって三日目、谷川早霧の相手は、三年生の小田原理奈だった。 「はじめっ」の声と同時に早霧は素早く間合いを詰め、出ると見せかけた。  相手が思わず反応し、手元を上げたところを早霧は下から突き上げるぞと色を見せる。  そうはさせじとすかさず腕を下ろした相手のがら空きの面を早霧は打ち込んだ。この間わずか数秒の駆け引きである。  その後は両者一進一退のまま時間いっぱいとなり、早霧の一本勝ちとなった。
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