第一章 弥生

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第一章 弥生

   一  三月も半ばを過ぎた。  関東では早々と春一番が吹いたらしいが、ここ北東北の地では、黒い氷の塊となった雪が道路のあちこちにへばりついているし、幹線道路の歩道にも、溶けきらない雪が小山になって残っている。  空気は日ごとに温かさを含むようになり、春の到来が近いことを告げているが、陽が落ちると急速に冷え込み、まだまだ防寒着が必要である。  20時過ぎ。幹線道路から奥まったところにある閑散としたトレーニングジムに、黙々と動く三つの人影があった。  木場沙也加(きばさやか)と沙也加の母沙羅(さら)。沙羅の友人沢渡小夏(さわたりこなつ)である。 「もうすぐだね、部活が始まるの」  ベンチプレスを終えた小夏が身体を起こしながら言った。額に汗が滲んでいる。 「うん」母親の沙羅はバーベルを両肩に背負い、スクワットをしながら答える。  沙也加は二人とは少し離れたところで、ダンベルを持ち鏡に向かっていた。  親たちの会話に一瞬耳を傾けたが、すぐに自分の世界に戻った。    半年前の九月、沙也加の通う北新高校剣道部の女子部員が不祥事を起こし、年度内の活動を停止せざるをえなくなった。  しかし半年間何もしないでいるのでは、いざ活動が再開されたとて、そのあとすぐに行われる大会に勝てる見込みはほぼない。  高校生活最後の一年である。このままおめおめと引き下がることはできない。  どうしたらいいのか、どこかで練習はできないものかと悶々と日々を送っていた沙也加に、母から「一緒に筋トレでもやってみる?」と声をかけられた。  沙羅は、友人の小夏とともに、何年も前からトレーニングジムへ通っているのだった。
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