14.122話 回想1話 「爆弾脅迫事件」

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14.122話 回想1話 「爆弾脅迫事件」

2019年、4月。あの森川優が再び、この福島市に戻って来た。2年前にあんな事件に遭遇し、周囲からひどい仕打ちをされたにもかかわらず・・・。森川も随分、成長したものだ・・・。  しかし、今、森川の周囲にいる人間は全員、彼の味方。だから、安心して過ごせるのだろう。それに「ふくしま探偵局」という森川の気質にあった職場にいるという。  2018年、4月。森川が「ふくしま探偵局」を大木展子先生と開設する時、俺、三田村茂樹と幸子は何度も「ふくしま探偵局」で一緒に働こうと誘われた。しかし、グアムに移住し、幸子と結婚した俺にとって、日本で生活する事は、あまり好きじゃなかった。あの森川優を見放した人間達を嫌っていた。それに、まだ森川は、山形刑務所にいたし・・・。  それでも、今回、2年ぶりに俺と幸子は日本に戻ってきた。と言っても一時帰国だ。久しぶりに森川に会いたくなったんのだ。まあ、墓参りもあるし、あいつらとの飲み会も楽しみだった。    2020年8月31日、月曜日。俺は森川に連絡して「ふくしま探偵局」を訪れた。森川が作った「ふくしま探偵局」がどんなものかも見ておきたかったからだ。前日に妻の幸子と福島市に入り、墓参りを済ませた。夜は二本松大学で「ミステリー研究会」だった教え子との飲み会になった。コロナ禍でも多くの教え子が集まってくれた。  翌日。幸子は実家に行った。俺は1人で「ふくしま探偵局」に向かった。福島駅西口にある「ふくしま探偵局」は少しモダンな感じがした。1階から2階に向かう階段の壁には、俺が開設記念に森川に贈った作品が飾られていた。あいつらしい。  受付には相変わらず可愛い菅野梢さんがいた。 「森川先生、今、隣のビルの大木泰蔵会長の所です。3階でお待ち下さい」 菅野梢さんは、302号室に案内してくれた。あまり暖かみのない部屋だった。警察署の取調室にも似ていた。  お茶を持ってきてくれたのは、片平月美先生と先崎春美先生だった。 「助手のお出ましですね」 片平先生はいつも同じだ。あの時もそう言われた。 「今晩、平田幸子先生も誘って、飲み会でもどうですか?」 俺は勿論、承諾した。森川とも今晩飲む約束をしていたので、美女が飲み会に増えるのは大歓迎だ。妻の幸子も同じ意見だろう。 「梢さんも誘っておきます」 2人は部屋から出て行った。  その後、302号室に入ってきたのは田中一男くんと岡崎愛子さんだ。2人とは昨日の飲み会でも一緒だった。 「新しくこの『ふくしま探偵局』に入った子がいるの」 昨日もそんな話をしていた。森川が山形刑務所で見つけた新人。黙々と仕事をし、真面目な所が取り柄な人間と、愛子さんが話していた。 「俺の隣の部屋に住んでいる」 田中くんが話していた。新幹線が見えるポテトハウスらしい。しかし、名前から想像できない立派なマンションだと、愛子さんが話していた。 「井上くんは私の下の部屋に住んでいる」 愛子さんもそのマンションの住人らしい。  2人と入れ違いに入ってきたのは、戸澤リカ先生と噂の井上浩くんだ。 「ここで父もお世話になっているの」 リカ先生が微笑む。 井上くんは、俺が想像したより、がっちりとした体格だった。顔つきも実直そうだ。 「はじめまして」 彼は寡黙ならしい。  しかし、戸澤リカ先生が井上くんを残して出て行くと、彼の話し方が変わった。 「森川さんの同級生だと伺いました」 「ああ、大学の時からの腐れ縁さ」 井上くんは椅子に座った。どうやら長く居座るつもりだ。 「森川さんはどんな大学生でした?」 「そうだね。森川は、大学1年生の頃から、大学で生物に関する講義をバンバン取得して、4年生や5年生の時は、他の美術や音楽にまで、講義に出ていた奴さ。」 「そんなに、勉強好きだったのですか?」 「そうだな。数学は、高校でも授業が出来る程、取得したし、ロシア語も高校時代から学習していたようだし・・・。デッサンなんて、美術科が10名しかいないから、机が10個しかないだろ。そこに、森川が来たから、森川専用の机を自分で作って、デッサン室で講義を受けたり・・・」 「森川さんの事、俺、あまり知らないんです。森川さんが解決した事件とか知っていますか?」 森川が二本松大学に准教授として戻って来たも、森川の昔話を聞きに来た女子学生がいた。 「何でもいいから話を聞かせて下さい」 「森川が関係した事件の全部は、俺にも分からない。しかし、俺と一緒に解決した事件も多い。でもね、ほとんど、俺は、森川に頼まれて、資料を集めたり、聞き込みをしたりして、最後においしい所を持っていったのは、森川だったから、他の人間にしてみれば、森川が”探偵”で、俺が”助手”のような関係だったからだな」 俺は、正直に話した。 「森川さんが、二本松大学学生の時、解決した事件を聞きたいです」 「俺と森川がこの二本松大学に入学してすぐの4月の頃の爆弾脅迫事件でいいかな?」 「爆弾・・・?」 井上くんは不思議そうに呟いた。 ☆ 4月22日、月曜日。俺達、美術科1年生の10名は、野外で初めてのスケッチの授業を行っていた。油絵科の湯田公夫教授が指定した範囲は、「二本松大学の敷地内」であった。だから、10名は、それぞれ大学内に散って行った。湯田教授は、面白い先生で有名だった。 「各自、終了したら、次の講義に行きなさい。授業中に終了しなくても、途中で終了し、次の講義に行く事。出来なかった者は、余った時間で完成させる事」 俺達がしっかりスケッチを行っているかなど、見回りにも来ない教授だった。    既に、50才を過ぎていた湯田教授は、いつも、自分の研究室の窓から見える風景を、そんな俺達の授業の間に描いていた。 「定年まであと5年」 それが湯田教授の口癖だった。 「完成しなかったら、次の講義に行っても良い」 そんな事を言われても、勝手にスケッチを行っていた場所に美術の道具を残して行く事は出来ない。だから、必ず、美術棟に戻らないと行けない。それに、作品は期日までに提出しないとならない。湯田教授が見回りに来なくても、スケッチは行わないといけない。「自由な行動」であって「自由な行動」ではなかった。  早く終了した学生は、最後のスケッチの授業をサボっても、湯田教授に、文句も言われないし、逆に、期日までに完成出来なそうな学生は、サークルをサボったり、土日に大学に来て、行うはめになるのだ。  また、そのスケッチを基に、油絵を描かせる授業をしていたので、基本も出来ていない俺達にとっては、大変な事だった。湯田教授は、技術を教えてから、実践を行うのでなく、まず、学生にそれぞれ自由に描かせてから、1人1人に合った油絵の指導をするようだった。そのスタイルは、俺のその後の姿に反映されていく。  俺は、その日、授業のスケッチの場所を、二本松大学の一番南西側で、グラウンドの一番奥のフェンスの近く、つまり美術棟から一番離れていて、あまり人の来ない場所を選択した。それに、ここには、泉があり、噴水も湧いている場所だ。ここから遠回りで金谷川駅に行く事も出来るが、ここを通る人間は、それほどいない事は知っていた。そして、俺はその辺りに陣取り、スケッチの構図を考えていた。  この二本松大学は、元々、森を造成して作った大学なので、その周囲は、多くの雑木林があった。そのため、俺がその日、スケッチを決め込んだ場所の近くにも雑木林があった。まあ、二本松大学の周囲は、ほとんどが雑木林だが・・・。  そして、俺はその雑木林の中で、人影を見つけた。こんな1時間目の朝早い授業時間に、誰がいるのか確かめたくなって、その雑木林に近づいた。すると、理数学科生物専攻の柳沢幹雄教授が、1年生の学生5名を引き連れて、野外観察の真っ最中だった。まだ新緑になっていない雑木林だったが、柳沢教授は、大きな虫眼鏡を持って歩いていた。  しかし、理数学科生物専攻の1年生のほとんどは、その野外観察の授業に興味がないらしく、柳沢教授の後を何もしないでただ歩いていた。ところが、1人だけ、同じ場所から動かず、1つの石を持ち上げ、その下にいる小さな虫をルーペで眺めていた学生がいた。その熱心にルーペで昆虫を見つめていた男こそ、森川優、その人だった。これが、俺と森川の運命的な出会いだった。  森川は、同じ場所の石だけでなく、葉っぱや、落ちていた枝をどけて、熱心に観察をしていた。明らかに、他の4名の学生とは、違って見える存在だった。 「こんな熱心な奴も、この二本松大学にいるんだ・・・」 それが森川の第1印象だった。  丁度、その時、俺と森川の目が会った。それは、ほんの一瞬に過ぎなかった。しかし、目を合わせたのは、その一瞬で十分だった。そして、その一瞬は、大きな爆音で、かき消された。  つまり、この二本松大学の泉の近くのフェンスが、ぶっ飛んだ。俺と森川の丁度、中間くらいの場所だった。もちろん、俺のキャンパスも、その爆風で飛んでいったし、森川の周囲の葉や枝も飛んでいった。しかし、爆風がそんなに威力がなかったため、一番近くにいた俺も、森川も、大きなケガがなく済んだ事が、不幸中の幸いだった。  その爆音は、四方八方に轟いたようだった。まず、理数学科生物専攻の柳沢教授や他の1年生の生物科の学生、遠くグラウンドで体育の授業を行っていた先生や学生達、そして、近くの住民までが私達のそばに走って来た。  俺が人だかりの中から我に返った時には、パトカーの音が聞こえてきた。 「大学ではなく、近くの住民が110番をしたのだろう。」 そう落ち着いて話したのは、先程、俺と目が合った森川だった。  それから、パトカーが二本松大学の中に入って来た。何人かの警察官が、周囲の話を聞いて、俺と森川に目をつけた。 「爆発した場所の近くにいた。」 そんな理由で、俺と森川は任意で、福島警察署に連行された。ほとんど、逮捕と同じ感じだった。周囲にいた教授や学生達は、まるで、俺と森川が、この事件を起こしたかのような目つきで、パトカーに乗る姿を見ていた。俺は人生初のパトカー乗車だった。    福島警察署で、俺と森川を取り調べたのは、この4月から福島警察署に移動してきたばかりの吉田繁警部補だった。  俺は、被害状況や犯人を見ていないかなどを聞かれると思っていたが、実状は違っていた。まず、俺の事を最初から犯人扱いで取り調べをされた。 「なぜ、爆弾を作ったのか?」 「どこから材料を入手したのか?」 「どこで爆弾を作ったのか?」 「なぜ、大学で爆発させたのか?」 「過激派に加わっているのか?」 「化学の知識は?」 「他に仲間はいないのか?」 警察側の態度は、とても俺の言う事を信じていない様子だ。 「今、白状しないと、今日は、ここに泊まっていく事になるぞ」 「家宅捜索をして、余罪も追及するぞ」 警察は嫌だ。こうやって日本の冤罪が出来るのだ。 「知り合いの弁護士がいるのか?無罪を主張して、弁護士に依頼したら、百万単位でお金を取られるぞ」 「今のうちに知っている事を話せ」 やはり、警察は卑怯だ。  俺は、逆に目の前で爆弾が爆発したわけで、被害者だと何回も主張した。が、取調室から出される事はなかった。俺は、頭にきてしまって、途中から黙秘に徹した。  夕方になって、警察側の態度が一変した。その理由を、俺は全く知らなかった。福島警察署を出た所で、あの森川が待っていた。そして、警察の態度が変わった理由を、森川が俺に教えてくれた。 「大変だったな」 最初に声を掛けたのは、森川の方だった。 「暴力は振るわれなかったから、大丈夫さ」 見栄を張ってみた。 「色々、追求されただろう。近くにいた私が理数学科だから・・・」 森川は俺に謝った。 「しかし、大学からこの福島警察署まで、連行して、『いきなり帰っていい』はないよな。また、大学まで荷物を取りに帰らないといけないからな。警察がパトカーとか、覆面で大学まで送ってくれても、いいじゃないか」 森川は怒っていた。 「昨年までこの福島警察署に勤務していた私の知り合いの警察官に、私の事を聞いて、釈放してくれたのだと思う」 俺には、何の事だか、全く分からなかった。  すると、通りの向こうから、ラフな格好の男が近付いてきた。メガネをかけて、背中にバックを背負っていた。年格好からすると、俺たちと同年代と思えた。森川はその男が近付いて来るまで待っていた。 「二本松大学の森川くんと三田村くんだね」 近付いてきた男は、俺たちを見ると、目を爛々とさせていた。 「僕は二本松大学の美術科、2年生、小林士郎と言う者だ。今回は大変だったね」 小林士郎先輩は森川と俺に握手を求めた。 「どういったご用でしょうか?」 「森川くん、君の高校時代までの活躍は色々と聞いている。今回のその明晰な頭脳で解決する所を拝見しに来たのだ」 「美術科というと俺の先輩ですよね・・・」 「そういう事になる。でも、僕は将来、探偵事務所を開こうと思っているから、現在、福島市にある秘密探偵事務所でアルバイトをしているから、あまり大学には顔を見せない事が多い。今回は、たまたま二本松大学にいて、君達の事件を聞いた。そして、そろそろ釈放される時間だと思って、顔を見にきたけど・・・。その様子だと、2人共、大丈夫のようだね」 大丈夫なのは、森川だけで、俺の心はズタズタだ。 「また、大学で会う事もあるだろうから、僕はここで失礼するよ」 小林士郎先輩は風のようにどこかに消えた。 「まるで、風のような先輩だね」 森川も同意見のようだった。  結局、俺と森川は、電車に乗って、二本松大学まで戻る事になった。  昨年までこの福島警察署に勤務していて、今年の4月から郡山警察署に移動した星守警部補という人間がいるらしい。その警部補が森川の身元を保証してもらっい、釈放されたらしい。それに、森川が高校時代まで、色々と、警察に協力していた事も、教えてくれた。まさか、先ほどの小林士郎先輩に言う通り、高校時代に警察に協力していた学生が、俺と一緒の二本松大学に存在しているとは思ってもいなかった。  金谷川駅まで戻った。改札口を出ると、電車で帰る1年生達から、警察署での取り調べの事を聞かれた。しかし、そんな事より俺が驚いたのは、また再び、この二本松大学で、爆弾が爆発したという事だった。  2度目の爆発は、今日の夕方、サークル活動の始める前に、グラウンドにあるテニスコートのフェンスに仕掛けられたらしい。テニスコートのフェンスは、今朝、俺達が爆風をくらった場所とは、大学のグラウンドでは、対角線上にあり、グラウンドの北東側になる。  俺は湯田教授に、森川は柳沢教授に、それぞれ挨拶をしてから、その2度目の爆発の現場を見に行った。爆発場所には、警察が来ていて、立入禁止の縄が張った。事件現場の詳細を見る事が出来なかった。それに、あの俺を取り調べした吉田警部補も来ていた。 「また警察署に連行されるんじゃないよな・・・」 「それはないよ」 「森川、どうして、そこまで自信があるんだ」 「この2度目の爆発は、まだ私達が警察署にいる時間か、電車の中にいる時間に起こった事件だ。だから、私達2人のアリバイは、証明されているはず。警察署に連行される理由はないさ」 森川の洞察力の深さに敬服した。  吉田繁警部補が近づいてきた 「森川くん、先程は、大変失礼したね。それに、三田村くんも・・・」 俺は付け足しか・・・。 「森川くんは、この事件をどう見る?」 先程まで容疑者だった森川に、警察が意見を求めるとは・・・。どういう風の吹き回しだ! 「しっかり、現場を見ないと分からないですね」 「それではこちらだ」 立入禁止の現場の中に、俺達2人を案内してくれた。民間人を立入禁止区域に入れていいのか。警察はやはり適当だな・・・。  森川は、爆発現場に入るとすぐ、鑑識が撤収した後の現場を詳しく見ていた。 「森川くん、鑑識が徹底的に調査していったから、何も残っていないよ」 森川は、吉田警部補の言葉を無視して、一番、爆発の激しかったと思える、テニスコートのフェンスを中心に見ていた。 「1回目の時より、爆弾の量が多いですね」 そんな事が、森川にはわかるんだ。どんな大学生なんだ、こいつは・・・。  という事は、森川は、1回目の爆発現場を、あの短い時間、警察に連行される前に観察していた事になる。何という観察力の鋭い男だ。 「鑑識の話を聞かせて下さい。特に、時限爆弾か無線か・・・」 「時計のような物は、この爆発の破片の中からは、見つからなかったらしい。だから、遠隔操作か、何か振動のようなもので爆発する装置だと話していた」 「ここは、テニスのグラウンドですから、沢山、振動がします。ですから、振動による起爆ではありませんね。遠隔操作でしょう」 「どこからの遠隔操作ですかね。福島市の街の中からでも、出来る可能性も・・・」 「それはないですね」 森川が制する。 「御覧の通り、この二本松大学は、山の中の大学です。福島市からの遠隔操作では、無線が通じません。携帯でも無理でしょう」 「そうすると・・・?」 「たぶん、犯人は、この現場の見える場所から、起爆装置を起動させていますね」 吉田繁警部補が辺りを見回す。 「どうしてですか?」 「1回目の時は、爆弾の威力を試したかったのでしょう」 「どうして・・・?」 「もし、誰かに危害を加えたいなら、この広い二本松大学のグラウンドのあんな隅で、爆発をさせません。それに、1回目の場所は、あの時間なら、普段は近くに誰もいない場所です。ところが、たまたま今日は、生物科の野外観察と、美術科の野外スケッチが重なって、この三田村くんが、あの爆発場所の近くにいただけだと思います」 「でも、犯人は、それでも起爆させた」 「それは、犯人にとって、予想出来なかった事態だったのでしょう。まさか、雑木林の中にいる生物科の学生や柳沢教授がいたり、美術科の授業で、あの泉の近くでスケッチしようとしていた三田村がいるなんて・・・」 「なるほど・・・」 「だから、あの1回目の爆発物の場所が見えて、私や三田村くんの見えない場所を捜す事が、一番最初に行う事ではないでしょうか?私や三田村くんに危害を加えるつもりでなければ・・・」 「もし、2人に危害を加えるような犯人なら、捜査するのは、大変ですね」 「それは、ないでしょう」 「どうしてですか?」 「2回目の爆発は、私達が全く関係ない場所にいる時の爆発です。もし、私達2人のうち、どちらかを狙ったとすれば、私達の家や、音楽棟や美術棟に爆弾を仕掛けるでしょう。しかし、2回目は、私達2人がいない時間に爆発させています。だから、私達2人を狙った事件ではないと、思います。それに、私達2人は、入学したばかりですから、そんなにこの二本松大学に関係する人間に恨みを買う事はないと思います。それに、私と三田村くんは、今日の事件で、初めて知り合った訳ですから・・・」 「そうですね。2回目の事件現場は、どう思いますか?」 「今回は、被害者はいなかったのですよね」 「はい」 「今回は、1回目の時には、その周囲に人間がいるとは思わなかったので、あまり考えずに爆弾の威力を確かめたかったのかもしれません。もしかすると、二本松大学にすでに脅迫状が届いていて、威嚇のために爆発させたかのどちからではないでしょうか?この二本松大学の一番、偉い教授に聞くか、誰か特別に脅迫されている大学関係者がいる可能性がありますね・・・」 吉田警部補は、他の警察官を集めて、聞き込みに行かせた。  結局、俺と森川は、その爆発現場と、最初に爆発した現場を観察してから、それぞれ自分の棟に向かって行った。音楽棟と美術棟は、芝生をはさんで隣同士にある。 「私は、この事件について、少し調べてみようと思うんだ。自分が、少なからず、関わってしまったからね。三田村は、どうする?」 「もちろん」  俺を加害者のようにして、警察で1日、尋問された事が頭から離れず、この犯人を徹底的に痛めつけたかったのだ。 「明日の昼、学食でどうだ?」 「もちろん」 俺はすぐ承諾した。そして音楽棟の前で、森川と別れた。  翌日、4月23日、火曜日。お昼、二本松大学の学生会館の前で、森川と待ち合わせをした。学生会館は、二本松大学のほぼ中央に位置し、主に学生や教授達がお昼を食べる大きな会館になっている。食堂も2つあるが、仕事や宿題の忙しい人のために、コンビニのような店も、付随している。いろいろな本まで揃っている。また、ほとんどは、この大学の学生のアルバイトで成り立っている。夜、遅くまで行っているので、ほとんどは、この二本松大学内の寮に住んでいる学生がアルバイトを行っていると、俺は美術科の先輩に聞いていた。    学生会館の食堂で、森川と俺は、一番奥で、人がいない場所を選んだ。そして、森川と俺は、セルフサービスの食事を持って、テーブルに着いた。  ここの学食は、ほとんど料理が100円単位でセルフサービスを食べる事が出来る。それに、特別に小盛りでお願いすると、小さい皿に分けてくれて、50円1皿で食べる事が出来る。森川は、その小さい皿で、俺より多くの品物を取ったくせに、料金は、俺より安くあげていた。  また、他のコーナーでは、取った分の重さで、会計をする事も出来る。だから、会計の所で、皿ごと計量器に乗せれば、その値段が示される。今は、こんな便利な時代に大学も変わってきたのだと思って、感心をしていた。  2人で対面して座るとすぐ、森川は、食器の脇に、一枚の紙を広げた。 「まず、この地図を見てくれ。三田村」 森川の広げたのは、どこから見つけてきたか分からないが、この二本松大学の全ての棟やその周囲の雑木林、そして周囲のアパートの位置まで正確に記載されている地図だった。それも、それぞれの棟の高さや、木の種類、高さまでが手書きで記入されていたり、普通の地図には記載されていない、看板の位置や校内にある全ての物が手書きで書いてあった。 「森川、まず、食べてからにしないか・・・」 森川という男は、食べる事よりも、このような事件に興味があるらしい。それも、食事抜きでこのような作業に取り組む事が好きならしい。 「この二本松大学の地図を見てくれ」 「一体、どこでこの地図を・・・」 「生物科の柳沢教授に、昨日、お願いして、大学の金庫から、この大学の地図を持って来てもらったのさ。そして、そっとコピーしてもらった。それを全部合わせて、この1枚の地図を作製してみたんだ。今回は、この二本松大学やその周辺の地図がカギになると思う」 「どうして?」 「まだ、私達は、入学したてで、この大学の隅々まで知っていない。だから、まず、この作業が必要だと思ったのさ・・・」 「それを、昨晩だけで行ったのか?」 「早めに事件が解決した方がいいだろう」 俺は、森川という男の、その執念深さにも、敬服した。とても精密に作成されているこの二本松大学やその周辺の地図は、デザイン科の学生にも、真似できないだろうと、思ったからだ。 「で、何を見ればいいんだ」 「これが、最初の爆発地点だ」 森川はそう言うと、赤鉛筆で、その場所にバツ印を付けた。今の時代、赤ボールペンじゃなくて、赤鉛筆を持ち歩く大学生も珍しい。  森川が印を付けた場所は、俺と森川が被害に遭った泉の近くの場所だった。 「そして、これが、2回目の爆発地点・・・」  森川は、1回目の爆発地点とグラウンドの対角線の場所に、つまりテニスコートの所に、また赤鉛筆でバツ印を付けた。 「いいかい、三田村。この事件は、この2つの位置を見渡せる場所に、犯人がいたと考えるのが普通さ。昨日、吉田警部補に話したように・・・」 「それは、昨日、聞いたよ」 「でも、この二本松大学は、意外と高い建物が多かったり、『森に包まれた大学』とかいうキャッチフレーズがあったりで、大きな木や白亜の建物が重なって、2つの場所を同時に見える場所は、少ないんだ」 「でも、森川。何も2つの場所を、同じ場所から見ていなくてもいいんじゃないか。爆発した時間も違うからな」 「三田村、この事件は、1回目の爆発が、時限装置の爆発だったそうだ」 「どうしてそれが分かったんだ?」 「簡単さ。今日の朝、あの吉田警部補に聞いたんだ」 「なるほど」 いつの間にか、森川と吉田警部補は、いつからそんな仲になったのか、俺は不思議だった。 「つまり、最初の爆発は、時限装置。それは、爆発した破片の中から、アナログの時計の一部が見つかったから、分かったそうなんだ」 「で、それが、何かヒントになるのか?」 「という事は、アナログの時限装置は、爆発する前の12時間以内に仕掛けられた事になる」 「なぜ?」 「時計が一周するのが、12時間だからさ。それ以上だと、同じ時間の夜に爆発する」 「なるほど・・・。」 「だから、犯人は、前の夜の9時20分過ぎから、昨日の爆発する朝の授業の1コマ目の9時20分までにあの爆弾を、あの場所に仕掛けた事になる」 「そうだな・・・」 「でも、2回目の爆弾は、無線装置だった。つまり、誰かが、あの時間に、どこかでスイッチを押した事になる」 「それも、吉田警部補から・・・?」 「そう」 「森川は、その2つから何を推理したんだ?」 「推理なんて大した事じゃないよ。今回の犯人は、1回目の爆発の時、あの時間に人間が、あの爆破装置を仕掛けた場所にいるとは絶対、思わなかった。だから、犯人は、あの時間に、誰もいないと予想したあのグラウンドの一番奥で、小さな爆発を行った。つまり、犯人は、ある程度、大学内の事を知っている人間だよ」 「小さな爆発なのか・・・」 「まあな。あんな近くに三田村がいて、ケガをしなかっただろう」 「ああ・・・」 「だから、警察は、三田村を犯人と間違えた。しかし、爆発物が時限装置だと分かると、解放した。まさか、自分仕掛けた爆発物のあんな近くで、その時間にいる犯人は、いない。自殺すると思うならば別だけどね」 「そうか・・・」 俺は、やっと、警察が俺達を解放した本当の事実を聞いて、納得した。 「だから、犯人は、2回目の爆発は、必ず、人間がいない時に爆発させようと、無線装置に切り替えた」 「そうなのか。1回目と2回目が逆という事は、ないのか?」 「2回目の爆発は、1回目のと比べたら、威力が違いすぎる。最初に大きい爆発をさせて、2回目に小さい爆発をさせる意味がない。だから、1回目を時間通りに、犯人は爆発を仕掛けた」 「2回目は、無線で・・・」 「そう。三田村は、爆弾というと、材料は何を考える?」 「ダイナマイトとか、ニトログリセリンとかしか、思い浮かばない」 「まあ、そんなものかな。でも、世の中には、多くの爆発物が存在する。今回の爆発物の内容は、そんな大変な物では、なかった」 「というと・・・?」 「詳しく話してもいいけど、材料と爆弾の作成は、作り方さえ分かれば、中学生でも理科室で作る事の出来るような幼稚な物だったらしい」 「それも、吉田警部補から?」 「そう。でも、1回目と2回目の爆薬の調合の内容が少し違っていた」 「それは、犯人が違うという事か」 「それは、違うと思う。つまり、犯人は、この2回の爆発で、人間を殺傷するような事は、考えていなかったと思うのさ」 「それが、結論か?」 「ああ。つまり、今までの事を総合的に考えると、1回目、犯人は、誰もいないと予想したあのグラウンドに、初めて作った時限爆弾を仕掛け、爆発させた。しかし、近くに私達がいた事で、少し驚いた。だから、犯人は、あの時間、爆発の場所を見る事が出来る所にいた可能性がある。何と言っても、威力を知りたかったからね」 森川は、そい言うと、二本松大学の地図に、また、赤鉛筆で線を描いていった。フリーハンドで、こんなに真っ直ぐ直線を書ける人間を、俺は久し振りに見た。 「この二本松大学は、丘の上に建てられた。だから、大学の西側にあるアパート群からあの三田村がスケッチをしていた泉の付近を見る事は、土地の高さから考えて、無理。それに、グラウンドの中にある雑木林に邪魔されて、グラウンドの東側にある寮からも見る事も無理。南側の雑木林の中では、多くの木が邪魔して無理。それに、そこには、私達生物科の学生や教授がウロウロしていた。犯人の隠れる場所はない」 「という事は・・・」 「という事は、グラウンドの北側にある理数科棟などの研究棟のからしか見えない」 森川は地図に、その場所を赤鉛筆で染めていた。 「そして、2回目だが・・・」 「2回目は、もっと、大学よりだからね」 「そう。でも、犯人は無線が届く範囲に、爆弾を仕掛ける事が必要だった。だから、無線が届いて、人間がいないテニスコートのフェンス、大学の研究棟に近い場所、つまり、この場所をしか選択出来なかった」 森川は地図の2回目の爆発場所を、赤鉛筆で再び大きく丸を付けた。 「そして、また、犯人にアクシデントが起こった」 「何があったんだ?」 「昨日の最後の授業で、4コマ目に体育があった。しかし、いつもなら、この季節、体育館で運動の授業を行うはずの体育の授業が、体育の先生が突然、出張になった事によって、2クラス合同の屋外でのテニスになってしまった。つまり、あの2回目のテニスコートのフェンスの近くに、大勢の学生がひしめいてしまった」 「それがアクシデントなのか?」 「そう。昨日の時間割を柳沢教授に確かめてもらった。それに、体育の先生にも・・・。だから、犯人は、その授業が終わるのをじっと待って、授業が終了し、あのバックネットから人間が、だいぶ遠ざかるまで待たなければいけなくなった」 「だから、爆発は夕方に・・・。考えすぎじゃないか、森川」 「いいや、犯人は、起爆装置を押す時、他の人間に見られたくはなかったはずだ。4コマ目の授業が終わってあの爆発した時間では、実際、サークル活動が始まって、多くの人間がこの二本松大学の中を移動していた。誰が犯人の近くに来るかも知れないと不安がるはずさ。だから、犯人は、あまり人間の移動のない、4コマ目の授業中に爆発させたかったはずだ」 「そうか・・・」 「1回目も、1コマ目の授業中だ」 「そうだな」 森川は、2回目の爆発したテニスコートのフェンスを見渡せる範囲を、また赤鉛筆で、地図の中に描き始めた。 「2回目の爆発を見る事の出来る範囲は、広いだろう」 「そうだな。あのテニスコートのフェンスは、二本松大学の建物だけじゃなくグラウンドの周囲の道路からも見える。グラウンドは、周りの土地から、少し低めになっているからな。もちろん、大学の寮からも丸見えさ。そして、大学のそれぞれの研究棟からも・・・」 森川は地図にその範囲を描いて行く。 「しかし、この辺りは、無線がしっかり届かない。直線でも、500mが精一杯だろう。その事を考えると・・・」 森川が、1回目と2回目の爆発した場所を見渡せる可能性がある所を、赤鉛筆で染めた。それは、一ヶ所に集中した。 「理数科棟・・・」 俺が呟いた。 「そう、理数科棟しか、この2ヶ所を見る事は出来ない。それも、普通の階では無理。前の大きな木が邪魔をしている。爆発のあった2ヶ所を見る事が出来るのは、5階から最上階までの7階。それも、一番、グラウンド寄りで南側の廊下を挟んだ各階の2つ、計6つの研究室に限られる。」  俺は、この森川優という人間が、俺と同じ事しか見ていないのに、ここまで犯人を絞る事が出来た事に驚いた。俺は、全くここまで考えていなかったし、この可能性も見いだす事が出来なかったからだ。 俺は、こんな広大な二本松大学の中で、6つの研究室に、犯人がいた事を出来る人間がいるとは思わなかった。それ以上に、森川は、俺を驚かせた。 「7階は、地学科の研究室、6階は、物理科の研究室。5階は、化学科の研究室が並んでいる。そして、7階の一番南側の研究室で、710室は、『地質学研究室』。廊下の向かい側の711室は、『宇宙線研究室』。6階の610室は、『力学研究室』。611室は、『宇宙理論研究室』。5階の510室は『原子理論研究室』。そして、511室は、『化学反応研究室』だ。  しかし、7階は、屋上に天体望遠鏡が設置されている関係で、その2つの研究室から、残念ながら二本松大学のグラウンドの方を見る窓がない。だから、7階の事は、考えなくていい。  6階のこの2つの研究室は、現在、窓際に段ボールの箱が山積みされていて、窓から外が見えない。だから、6階の事も考えなくていい。  また、5階の510号室の『原子理論研究所』は、5月にある物理研究会のため、資料置き場になっている。資料や機材が研究室の中に入っていて、現在、人間が研究室に入る隙間がない。だから、511号室しかない・・・」  森川は、犯人の潜んでいた場所まで、指摘していた。 「昨日の1コマ目と、4コマ目の授業には、この511号の『化学反応研究室』担当の山田克彦助教授は、授業があって、研究室にいなかった。それも、一般教養の授業で、理数科棟から遠く離れたL棟と呼ばれる授業棟にいた。だから、1コマ目と、4コマ目の途中に、理数科棟の5階にある511号の『化学反応研究室』に戻る可能性は、ほとんどない。そして、今、この研究室には、4人の4年生の学生が研究生として在籍しているらしい。」 「じゃ、その4人が・・・。」  森川は、今まで出していた二本松大学の地図を片付け、何枚かの書類を机の上に置いた。森川の昼食は、話ながら、いつの間にか食べ終わっていた。とても、器用な奴だ。右手も左手も両方の手を使用して、食べていた。一体、この男は、どちらの手が利き手なんだ。 「この書類は、どこから仕入れたんだ?」 「化学科の竹沢順三郎助教授さ。柳沢教授と一緒に、昨日、お願いして化学科の備品の書類を貸してもらった」 「いいのか、そんな事、大学1年生の学生が・・・」 「一応、柳沢教授が借りた事になっている」 「で、その書類には、何が書いてあるんだ?」  森川は、その分厚い書類を捲り始めた。そして、1枚のページを俺の方に向けて、回して見せた。 「この欄を見てみろ」 森川に指示された場所を見ても、俺は、その表の見方が分からなかった。 「どういう事か、俺にも分かるように、説明してくれ」 俺は、難しい書類を見るのが面倒くさくなり、森川に説明を求めた。 「これは、ここ4~5年、理数科に購入されている薬品のリストさ。厳密に言うと、数学科ではなく理科の方だけになるけどね」 「それで?」 「この、物理科の欄を見てくれ。他の科に比べて、膨大な量だろう」 森川に指示された欄を見ると、その数字は、明らかに他の欄より、『0』の数字が、一桁上回っていた。 「この欄は、物理科の薬品の欄だ」 「そんなに薬品が必要なのか?大学という場所は・・・」 「物理科の薬品は、5階の511号の『化学反応研究室』と、513号の研究室の間にある512号の『薬品貯蔵庫』に置いてある。出入りは、一応、『先生のみ』という事になっているそうだが、その512号の鍵は、それぞれの研究室にある。そして、学生が黙って借りて、512号の『薬品貯蔵庫』に入ろうと思えば、誰でも入る事は出来るそうだ。そして、昨日、この512号に柳沢教授と行ってみて、驚いた」 「何が?」 「その薬品の備品が、ほとんどなかった。4~5年間、こんなに購入していたのに・・・。柳沢教授によると、いくら大学の研究でも、こんなに薬品は使用しないそうだ」 「そんないい加減なんだ」 「大学なんて、そんなものさ。学校なんて、段々、年を追う毎に、適当になって行くじゃないか。人生もそんなもんじゃないかな」 「まあな。でも、その書類と、今回の事件の関係は、何だい?」 「1つは、税金で購入した物理科の薬品備品が、書類の通りだと山積みのはずなのに、昨日の時点で、ほとんどなかった事。特に、ここの書類では、硫酸、窒素、二酸化炭素、過酸化マンガン、濃硫酸が著しくなくなっている。2つは、512号の『薬品貯蔵庫』にあったのは、昨年購入した薬品でも、ごくわずかな薬品だけだった事。3つは、この薬品が置いてある部屋は、512号の『薬品貯蔵庫』だという事。4つは、爆弾を爆発させた犯人は、人間を殺傷させるつもりはなかったらしい事。つまり、威嚇だった。そして、5つは、この隣の511号の『化学反応研究室』からしか、今回の2つの事件現場が見えない事。この5つの事を結ぶと・・・」 「結ぶと、どうなるんだ、森川?」 「分からないか、三田村。例えば、三田村がいる美術科の1人の教授が、1枚の絵を大学の備品で購入した。しかし、その絵は、美術棟にも飾られる事はなく、授業でも見せられない。そして、三田村が、偶然、その教授がその絵を黙って他の美術商に売って、お金を儲けている事を知っていたら、どうする?」 「そうだな、他の教授か、森川、お前に相談するさ」 「それじゃ、沢山いる教授のうち、誰が絵を横流ししているか、分からなかったら、どうする?」 「森川に相談する」 「つまり、今回の事件は、今、三田村が話した内容と同じだと思う」 「この事件がか・・・?」 「証拠は、この薬品の備品購入の書類と、512号の『薬品貯蔵庫』の残りの備品。そして、先程見せた二本松大学の地図」 「でも、薬品なんて、『実は実験で失敗して、多く使用した』と話してしまえば、分からないじゃないか。俺達の絵の具と同じで、消耗品だろう」 「そう、証拠が残らない。でも、この4~5年間に購入した薬品の金額は、数千万円から数億円になる。それを知ってしまったある正義感の強い学生が、友人に相談する。『一体、誰が、この4~5年間、薬品を横流ししているのか』と。それも、『物理科では、そんなに自分達も使用していないのに』と。512号の『薬品貯蔵庫』にある物理科の鍵は、物理科の研究室にしかない。だから、他の科の教授達は、考えられない。だから、今、物理科で教鞭を執っている先生方に目をつける」 「なるほど」 「それで、三田村なら、どうする?」 「難しいな・・・」 森川の推理の速さは、俺の頭脳をすでに超えていた。 「で、三田村なら、どうする?」 「そうだな、黙って卒業するかもな・・・」 「しかし、今回の犯人は、黙っている事が出来なかった」 「そして、爆弾まで作ったのか?飛躍しすぎだろう」 「でも、色々な事を排除していくと、その可能性しか残らない。だから、犯人は、物理科の教授達に脅迫状か手紙を送っているに違いない。『辞職しろ』とか、『報道機関に流す』とか・・・。だから、大学側もある程度、気が付いているか、物理科の先生達で、隠しているか、物理科の先生達全員が共犯で、他に漏らしていないとか・・・」 「大学は、自分の学校の不正を大袈裟にしたくないという事か・・・」 「そういう事さ」 「なんか、人生、不信になりそうだ」 「でも、ここまで私は考えが届いてしまったから・・・」 「で、森川の今後の対策は?」 「私が思うに、今回の犯人は、山田克彦助教授についている511号の『化学反応研究室』の4年生の4人全員だと思う」 「4人全員が・・・?」 「化学科の竹沢順三郎助教授によると、あの4人は、元々5人全員で活動していた。1年生の時から仲が良くて、そのため、一緒の研究室を選択したらしい。それに、『正義感も強い学生達だ』と話していた。彼らは、2年生の時、その中の1人の女子が、1つ上の3年生の女子にいじめられ、その事を知った他の3人の男子が、教授に直訴して、解決した程の仲良しだ。しかし、そのうち1人の女の子が昨年、3年生の時、自殺してる。だから、今は、4人で一緒にいる」 「自殺?」 「そうだ」 「という事は、化学科の竹沢順三郎助教授も知っているのか?」 「ああ、竹沢助教授にも脅迫状が来ていたと、そっと話してくれた」 「じゃ、森川は、竹沢助教授に脅迫状が来ていると知って、この計画の原因を判断したのか?」 「いいや、色々と可能性は考えてみた。そして、沢山、原因を突きつけたら、この書類に出会ったのさ。だから、竹沢助教授に聞いてみただけさ。最初は、誤魔化されたけどね。でも、警察の介入の可能性を話すと、素直に話してくれたよ」 「脅迫状には、何と書いてあったんだ?」 「『薬品を持って行った人間が辞めなければ、爆弾を二本松大学で爆発させる』と・・・」 「で、爆発が起きた」 「その通り」 「竹沢助教授は、その薬品の横流しをしている先生を知っているのか?」 「分からないらしい」 「じゃ、森川は今後、どうするんだ?」 「今は、何もしないのが得策だと思う」 「また、爆弾が爆発しないか?」 「警察が、昨晩から、この二本松大学を巡回しているそうだ。それに、犯人がすでに3つ目の爆弾を仕掛けたとは思えない」 「なぜ?」 「1回目の爆発を見て、2回目の無線での爆発を行っている。だから、次はその結果で、どうするか迷っているかもしれない」 「じゃ、森川はいつ動くんだ?」 「予定では、明日の夕方さ」 「どうして、そう言い切れるんだ?」 「まあ、知りたければ、明日の夕方の時間を空けておいてくれ。さあ、午後の授業が始まるぞ、三田村」 森川は席を立った。  翌日、4月24日、水曜日。夕方、俺は、美術の授業が終わると、たぶん、森川がいるであろう、理数科棟の4階に向かった。森川は、その階の403号の「微生物研究室」にいた。まあ、森川が入学した時から、この研究室で卒論を書くと決めていた研究室だ。俺は、まだ、大学の「いろは」も知っていないのに、森川は、4年生までのスケジュールを決めているらしい。  もちろん、403号の「微生物研究室」の担当は、柳沢教授だ。 「森川、約束通り、迎えに来たぞ」 「準備は全て整った。後は、私が思うように事が運んでくれれば、大丈夫だ」 「何を、準備したんだ」 心の中で思いながら、森川が研究室から出てくるのを待った。 「あれは、今年買った高価な物だから、くれぐれも壊さないように・・・」 奥から柳沢教授の声がかかった。 「分かりました」 その声と一緒に、研究室の入口に、森川の姿が見えた。 森川が手にしていたのは、夜間用の生物観察用ビデオで、赤外線付きの最新型だった。森川は、402号の研究室を出ると、階段で1つ上の階に上がり、誰も廊下にいない事を確認すると、どこからか持ってきた鍵で、あの512号の「薬品貯蔵庫」のドアを開けた。 「森川、その鍵は・・・」 森川は口に手をやった。 「静かに!」 無言でそう話していた。  森川はそのカメラを512号の「薬品貯蔵庫」の一番奥で、隅の高い場所に設置した。俺が、512号の「薬品貯蔵庫」の中を見渡すと、棚が多く並んではいるが、薬品らしき物は、ほとんど保存されていなかった。また、奥の透明なガラスケースに入った温度管理の必要と見られるケースの中にも、ほとんど薬品は、入っていなかった。俺と森川が、512号の「薬品貯蔵庫」を出ようとした。 「誰かが、この512号の『薬品貯蔵庫』のドアを無理に開けようとした形跡がある」 「何故分かる?」 「ドアノブの鍵に入る所が、少し広がっている」 こんな所で、学生をしていないで、警察の鑑識辺りに就職をすれば、点数が稼げるのに・・・。  俺と森川は、その後、403号の「微生物研究室」で休ませてもらった。すると、間もなく、理数科棟の下に、大きなトラックが着いたのが分かった。トラックの横には、「福島化学」と書いていった。そして、運転手の男の人や助手席の男の人が、段ボール箱をいつくも、この理数科棟に運び入れていた。 「森川、あの人達、何をやっているんだ?」 「今日は、薬品の納入日になっているんだ」 柳沢教授が奥から答えてくれた。 「森川くん、君から依頼されたこの理数科棟からの物理科の内線電話の内訳だ」 柳沢教授は、何枚かの紙を森川に預けた。 「で、どうでした?」 「君が見てもわかるだろう。物理科の先生の中で、3人だけが、同じ薬品会社や、企業に電話をしている件数が、他の先生に比べ、異常に多い。それも、この4~5年間。たぶん、分担があったのだろう。この先生は、この企業と手を結ぶというように・・・」 「そのようですね。という事は、今日は、あの山田克彦助教授の日ですね」 「その通り」 「あとは、物証ですか・・・」 「そうだな。彼に、『この電話の回数の多さは、研究の付き合いや薬品納入の打ち合わせだ』と言われたら、終わりだからね」 「物証の方は、何とかなるでしょう、柳沢教授」 「無理するなよ、森川くん」 「大丈夫です。明日のお昼にでも、ここで集合しましょう」 「誰を呼ぶんだ?」 「そうですね。まず、511号の『化学反応研究室』に在籍している4人の4年生を、呼んでおいて下さい。後は、私が手配します。もちろん、柳沢教授も・・・」 「物理科の先生達は、いいのか?」 「大丈夫でしょう。逃げられませんから・・・。黙っていて下さい」 そう話すと、森川は、柳沢教授に丁寧に挨拶をして、俺を2人で、学食に行った。もちろん、夕食を食べるためだ。  しかし、森川は、そこで、今回の事件の話を一切せず、フェルメールからダリまでの美術思想の流れを俺と、討論する事になった。生物科の1年生が、こんな話題を、美術科の俺が一番得意とする分野で、同等に討論出来るとは、思ってもみなかった。  俺は話に熱が入ってしまい、結局、事件の事を切り出せずに、森川と別れた。  翌日、4月25日、木曜日。昼休み、403号の「微生物研究室」には、多くに人間がいた。まず、柳沢幹雄教授。そして、511号の『化学反応研究室』に在籍している4年生の4人、森川に俺。そして、小林士郎先輩。なぜか、福島警察署の吉田警部補の9名だった。  4人の大学生は、それぞれ、安斎空、吉田香織、遠藤敦、鈴木典生と自己紹介した。  最初に話を切り出したのは、もちろん、森川だった。 「私の考えを最初に話したいのですが、吉田警部補、事件の全貌がはっきりしても、全ては公表しないで、この二本松大学にある程度、任せて頂けますね?それに、ここでの会話は、オフレコです」 「以前からその約束だったからな。しかし、二本松大学以外は、ある程度、森川くんと相談だな・・・」 「まず、どこから話しましょうか?」 「時間の経過通りに話すと、全員が分かりやすいと思うな・・・」 さすが、年長の柳沢教授らしい。 「分かりました。これは、私の観察から導き出された1つの考えです」 「推理ということか・・・」 小林士郎先輩が言葉を挟む。 「推理ではありません。1つの可能性です。しかし、可能性は1つしかあり得なかったので、他の説明がつきません。誰も異存がなければ、これから話す内容が、事件の真相という事になります」 森川は、自信がある話し方で話した。誰も、もう口を鋏む事が出来ないくらいに・・・。 「事件の始まりは、今から5年前だと考えて良いでしょう。それは、これらの書類から見ても明らかです」 森川は、薬品納入の用紙を広げた。 「5年前には、化学科の薬品納入の件数が前年の1.5倍になりました。そして、4年前には、2倍に。5年前に何があったかと考えると、今の学長である化学科の教授だった大崎諭教授が、この二本松大学の学長になった年です。逆に、その辺りに二本松大学で理科の研究大会や、化学科の大きな研究があった事は、図書館にあった二本松大学の大学史から見ても明らかです」 森川は、いつ、大学の図書館で調べたのか。俺は、またまた、森川という男の証拠の詰め方が恐ろしくなった。そして、森川優という男を「敵」にまわさなくて良かったと思った。 「この5年前から、ほとんどの化学科の薬品は、『福島化学』という企業に発注されています。一応、薬品の値段について、公平な入札があったように記録はありますが、ほとんどこの『福島化学』が最低値段で、入札しています。これは、最低値段を、この二本松大学の誰かから、情報を得た事と疑って良いでしょう」 「でも、証拠がない」 吉田警部補が渋い顔をする。 「そうです。関わった人間が、裏で口を合わせているので・・・。しかし、この5年前からの化学科の薬品は、あの512号の『薬品貯蔵庫』に入れようと思っても、入り切れない量です。いくら消耗品とは言っても、毎日、同じ実験で、何十人も研究に薬品を使用しないと、こんなに同じ薬品は、消耗されません。それが、今年まで続いています。そして、その5年前からいる化学科の先生は、学長の大崎諭教授、『化学反応研究室』担当の山田克彦助教授、『応用化学学科』担当の五十嵐実教授の3人です。この名簿を見て下さい」 森川は、新しい紙を出した。それは、この5年間の理科の先生方の移動や転勤を一覧にまとめた表だった。 「他の生物、物理、地学の先生方に対して、化学の先生の入れ替わりが、この5年間、激しいです。それも、1年で辞めている先生がとても多い。非常勤の先生も多い。他の科では、考えられません。研究を続ける大学としては・・・」 一同は、森川の提示した紙を覗く。一体、森川という男は、ここまで徹底して証拠を集める人間なのか。外堀も埋めて、内堀も完璧に埋めて、城を攻めていくようだ。 「今、話した3人の先生方は、薬品納入についてバレる事を恐れて、大崎諭学長の力で、化学科の先生を入れ替えていった。だから、この件は、化学科の先生、3人の秘密だった」 「じゃ、その納入されたはずの薬品は、一体どこに・・・?」 「それは、この『理数科棟からの化学科の内線電話の内訳』の紙が物語ります」 森川は、また新しく紙を出した。昨日、柳沢教授が森川に渡した紙だ。 「この二本松大学では、外から研究室に掛かってくる電話は、記録されませんが、逆に、研究室から外部に電話をすると、その電話番号が記録に残るのです。一応、電話料金との兼ね合いで。それも、研究室ごとに。すると、面白い結果になる。電話番号から、相手先を調べると、学長の大崎諭教授は、『福島酸素』と『南福島肥料』に。『化学反応研究室』担当の山田克彦助教授は『福島化学』と『郡山化学』、そして『二本松エナジー』。『応用化学学科』担当の五十嵐実教授は、『北福島化学』に『福島薬品』、そして『郡山薬品』に非常に多く、自分の研究室から電話をしています」 「なるほど・・・」 「そして、3年間、この化学科で学んだ学生の中で、その薬品について、疑問を持った学生が現れるのです。たぶん、研究室での電話の内容でも聞いてしまったのでしょう。512号の『薬品貯蔵庫』の薬品の少なさを見ても、どのくらい薬品を納入しているか、学生では分からないですから・・・」  すると、今まで黙っていた化学科の4年生の1人が立ち上がった。 「俺、聞いてしまったんです。『今度、濃硫酸が納入されるから、その分をいつもの銀行に振り込んでおくように・・・』とかいう電話を。1年生の時でした。だから、どの先生が電話をしていたか、どこの研究室かも思い出せなかった。その時は、何の事か分からなかった。でも2年、3年と進級するになって、ようやくその事実が分かってきた。そして、同級生4人に相談した」 「つまり、5人の4年生がその事を知った」 「そうでした」 遠藤敦くんが呟いた。 「『そうでした』という事は・・・?」 吉田警部補が尋ねる。しかし、4人の4年生は話しづらそうだった。  すると、小林士郎先輩が、話を始めた。 「昨年の3月に、1人の二本松大学生が、自宅マンションから投身自殺をしています。当時、二本松大学化学科3年生だった清川美奈さんです」 「彼女が一番、正義感が強かった」 安斎空くんが叫んだ。 「前の日に、『山田克彦助教授に、話してくる』と言っていました。そして、次に彼女に会ったのは、福島警察署の慰安室でした」 吉田香織さんが、泣き始めた。 「そこで、どうにかしないとと思いました」 鈴木典生が下を見たまま話した。 「それで、僕は彼女の自殺を捜査しているのさ。彼女の死から1ヶ月。4人の先輩に、話を聞いて、今後の対策を亡くなった清川美奈さんの両親と話し合っている最中だ」 小林士郎先輩が今、ここにいる理由がやっとわかった。 「4人の先輩は、清川美奈子さんの弔いと、誰が薬品の横流しをしているか分からなかったので、化学科の先生全員に、脅迫状を送った。しかし、全く、返答がなかった。自分の研究室の山田克彦助教授も、何の反応もなかった。だから、最終手段に出た。グラウンドの一番奥で、小さな時限装置付きの爆弾を爆発させた。でも、予想もしなかった事が起きた。生物科と美術科の学生が、たまたま、その付近にいて、警察に連行されてしまった。1回目の爆弾は時限装置だったので、この理数科棟で見ていた4人には、走って行ってその爆弾を止める時間がなかった。『511号室』から、あの場所までは、とても遠い距離です」 「・・・」 「それで、また、4人は、考えた。無関係な人間を巻き込みたくないと・・・。そして、私と三田村の2人が警察にいる時に、2つ目の爆弾を爆発させれば、2人は釈放されると思って、爆弾を仕掛けた。そして、学生の活動していない時間を狙った。時間は、4コマ目で、場所はテニスコート。しかし、4コマ目に爆発させる予定が、その時間、仕掛けたテニスコートの近くで、テニスの授業が行われてしまった。だから、君達は、その授業が終了するのを待って、4コマ目が終了し、ある程度、学生がテニスコートから離れてから、起爆させた。今度は、誰も巻き込まれないように・・・」 「すみませんでした」 4人の4年生は立ち上がり、俺達に最敬礼をした。  柳沢教授が、静かに言葉を切った。 「昨日のカメラはどうなった?」 すると、森川は、カバンの中から2つのカメラを取りだした。 「2つ・・・?」 「そう、2つです。化学科の教授達もバカじゃない。脅迫状が来て、その脅迫状の通り、2つの爆弾が爆発したんだ。誰かが、この薬品納入の秘密を知っていると考えるだろう。バレたとしたら、あの512号の『薬品貯蔵庫』かもしれないと思うだろう。だから、その3人の教授のうち誰かが、あのあの512号の『薬品貯蔵庫』にこのビデオを仕掛けた」 森川は1つのビデオを机の上に置いた。 「撮影した時から、私達があの512号の『薬品貯蔵庫』に入って来て、私達のもう1つのこのビデオには、このビデオを仕掛ける所も撮影されていました。その中の映像には、このビデオを置いた五十嵐実教授が、あの512号の『薬品貯蔵庫』からビデオを置いて帰って行く所、私と三田村が、ビデオを仕掛ける所、そして、今日の朝早く、私がこのビデオを片づける所が、撮影されています」 「それでは、五十嵐教授のビデオの中味は?」 「今は、空です。それに、電源も切っておきました」 「それでは。五十嵐実教授の物証が確実でしょう」 安斎空くんが話す。 「でも、証拠にならないんだ」 森川が言う。 「なぜ?」 吉田香織さんが尋ねる。 「例えば、『最近、盗難が多くて、512号にこのビデオを設置しておいた』と言われたら、終わりさ」 森川は、あっさり答える。 「じゃ、昨日、『福島化学』が納品した段ボール箱があるだろう。そこから、何かないか、512号の『薬品貯蔵庫』に入って見て来ようぜ」 俺がまた口を挟む。 「『福島化学』担当の山田克彦助教授も、バカじゃない。脅迫状まで来て、爆弾でさえ2回も爆発しているんだ」 森川が俺を制す。 「脅迫状を送った相手の罠にはまるようでは、こんな秘密は、4~5年も続くわけじゃない」 「どういう事だ?」 「このビデオを持ちに行った時、昨日運ばれた段ボール箱の中味を見てきた」 「何だった?」 「箱の中、全部、トイレットペーパーだった」 そこにいた全員が驚いた。森川以外が・・・。  しかし、森川は動揺せず、話を続けた。 「そんな事もあろうかと、昨日の午前中、『福島化学』にふらっと行ってみたんだ」 「えっ!」 その言葉に、柳沢教授も驚いた。 「入口に警備の人間がいたけど、『親に会いに来た』と話したら、普通に中に入れてくれたよ。あそこは、警備が甘い。そして、裏の倉庫に、何台かトラックが駐車してありました。そして、トラックの中の伝票から、二本松大学に納品に行くトラックを発見した。それも、そのトラックは、2台ありました。1つのトラックの荷台には、硫酸と過酸化マンガンが入った段ボール箱が入っていました。そして、もう1つのトラックの荷台には、トイレットペーパーが入った段ボール箱が入っていた。そう、そのトラックの方が、昨日の夕方、この二本松大学のこの理数科棟に着いたトラックさ」 「それだけか?」 俺は尋ねると、森川は、少し笑った。 「硫酸と過酸化マンガンが入った段ボール箱に、発信器を付けておいた」 「それって、犯罪じゃないのか?」 「吉田警部補に話したら、貸してくれたのさ」 森川が吉田警部補に向かって微笑んでいた。 「いや、私は、貸していないよ。ただ、福島警察署内で、発信器を2つ紛失して、捜索中なだけさ。見つけたら、教えてくれ」 吉田警部補は、誤魔化していた。 「そんな事より、この理数科棟の下に駐車してある覆面パトカーの受信機のスイッチを押すと、その発信器の場所が分かります。その場所が、先程、この電話番号で示された企業ならば、お手柄ですね。そして、その段ボール箱には、『二本松大学』と書いてありますから。なぜ、企業なのに、他の企業の『二本松大学』を書かれた段ボール箱があるのかを尋ねたら、その会社は、どういう説明をするか、楽しみですね」 「吉田警部補、早く、受信機のスイッチを押して下さい」 鈴木典生と叫ぶ。 「大丈夫です。鈴木さん。警察は、そんなに甘くないです。すでに、他の警察署と合同で、同時に、先程この表にあった企業に家宅捜索に、すでに入っていますよ」 「さすが、吉田繁警部補、動きが早いですね」 柳沢教授が褒める。 「早く動けと急かしたのは、森川くんですよ。郡山警察署にいる星警部補や、二本松警察署にいる霧島刑事まで、勝手に連絡して・・・」 吉田警部補は手をあげている。  森川という男は、どこの警察署にも、知り合いがいるのか・・・ 「それで、今後の対処はどうしましょう?」 柳沢教授が質問する。 「もし、企業から、二本松大学の教授の名前が出たら、逮捕状が出ると思います」 「この4人は、どうなりますか?」 「・・・」 「壊れた、テニスコートのフェンスを直して貰えばいいのではないですか?後は、柳沢教授が、教授会で、うまく説明していただけば・・・。他の教授達にも、私からお願いしてみますけど・・・」 「森川くんも大変な事を私に押しつけるね。  でも、この4人が脅迫状を送った証拠もなければ、爆弾を作成した証拠もありません。ここでの会話は、オフレコと約束しましたから、先程の4人の話も、吉田警部補は、聞いていない事になっていますからね。企業の不正が暴かれれば、それでいいじゃないですか」  その時、研究室の内線電話が鳴った。柳沢教授が、電話を取る。 「星という方から、吉田警部補に電話です」 内線電話を吉田警部補に代わった。  ある程度、吉田警部補が電話で話すと、受話器を森川に替わった。森川は、少し照れながら、電話をしていた。 「全ての企業に、家宅捜索が入って、証拠品を抑えたそうだ。3人の教授にも、まず任意で、警察に連行するそうだ」 吉田繁警部補が少し喜んでいる。 「偶然ですよ」 森川が電話に向かって最後に話した言葉だ。 「1つ借りができました」 吉田繁警部補が森川にお辞儀をした。 「偶然ですよ・・・」 どうやら、この言葉が森川の口癖らしい。吉田警部補は、403号の「微生物研究室」を出て行った。 「僕は亡くなった清川美奈さんのご両親と相談してきます」 小林士郎先輩も、吉田繁警部補の後に続いて、部屋を出て行った。  しかし、俺は、この事件の解決が、森川の言う「偶然」でない事は、分かっていた。化学科の4人は、俺達3人に向かって御礼を言っていた。 「本当にありがとうございました」 「特に、森川くんは、私達が長年悩んできた事を、2~3日で解決してしまうなんて・・・」 「森川くんを生物科に在籍させておくのがもったいないです」 「でも、爆発に巻き込んですみませんでした」 「安斎空くん、吉田香織さん、遠藤敦くん、鈴木典生くんの4人は、当分、自宅謹慎していなさい。教授会で話して、この大学を無事、卒業させるように、話してみるから・・・」 柳沢教授がまた渋い顔をしていた。  俺と森川は、5人を残して、403号の「微生物研究室」を出て行った。そして、森川の後を付いて、音楽棟に向かった。森川は、お気に入りの213号室のピアノボックスに入って行った。俺も213号室のピアノボックスに入った。それは、どうしても聞きたかった事があったからだ。 「なあ、森川。1つだけ分からない事があるんだ」 「何?」 「なぜ、あの化学科の4人は、脅迫に爆弾を選択したんだ?他にも方法はあったのに。作る時だって、危険だろう」 すると、森川は、ピアノボックスの中の椅子に座った。 「たぶん、それは、昨年、投身自殺したとされた同級生の清川美奈さんの研究していた事が『爆発物の研究』さ。それも、『簡単に出来る』というサブタイトルが付いていた。だから、残った4人は、彼女の意志を受け継いで、爆弾で脅迫を行っただろう。4人は、最初から山田克彦助教授を疑っていたのは、分かっていた。それは、山田克彦助教授に会いに行った後に、同級生の清川美奈子さんが自殺している。4人は、同級生の清川美奈子さんが自殺するとは思っていなかったんじゃないかな・・・」 「という事は、殺されたと・・・。警察にその話をしなくていいのか、森川」 「もう話したさ」 ☆ 「森川さんって、すごかったのですね」 「もう、10年以上の前の話さ」 「でも、10年前から、森川さんの冴えや推理は、すごかったのですね」 「たぶん、俺に会う前からさ」 「その後、3人の化学科の先生は、どうなったのですか?」 「一応、新聞にもこの件は、出てしまったので、3人とも辞職したよ。学長も含めてね・・・」 「逮捕されたのですか?」 「そうさ」 「化学科の学生4人は?」 「教授会でもめたようだけど、沢山の教授の弁明で、『1ヶ月謹慎処分』で済んだらしい」 「新聞には・・・?」 「出なかった」 「亡くなった清川美奈さんは?」 「それも大きく報道された。最初、山田克彦教授はアリバイを主張していたが、小林士郎先輩がそのアリバイを崩したら、あっけなく清川美奈さんの自宅に呼び出され、屋上から突き落とした事を自白した」 「小林士郎先輩って、今、仙台市で探偵事務所を開設している人ですか?」 「そうだ」 「森川さんの活躍の報道は?」 「一切なし。福島県警のお手柄になっただそうだ」 「やはり、いつもそうなんですね」 「報道機関なんて、いつも適当なものさ」 「森川さんと同じ事を言いますね」 井上くんが笑っている。 「で、森川さんが”探偵”で、三田村さんが”助手”のような関係なのは、その事件があったからですか?」 「まあ、出会いが衝撃的だったから、その後の付き合いが長くなったのさ」 「その後も、一緒に色々事件に出会ったのですか?」 「『森川いる所に事件あり』と、皮肉った教授もいる程さ」  すると、ドアがいきなり開いた。見覚えのある顔が見えた。 「井上くん、また、変な話を聞いていたね・・・」 その男は、手にカフェオレの入ったカップを持っていた。
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