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【線路は続くよ、どこまでも】
その後、僕らはバスで熱海駅まで戻り、ロープウェイへ向かった。到着したのは4時50分。上りの最終は5時だったので危なかった。
ここのロープウェイは日本一短いらしく、あっという間に着いた。降りた先には熱海秘宝館や熱海城があったが、入館受付最終時間が5時で、下りのロープウェイが5時半だったので結局入らず、周辺を彷徨くだけにした。歩いていると展望台を見つけたが、そこからの眺めは最高だった。
そして30分ほど辺りを散歩しながら高所からの熱海を楽しんだ後、ロープウェイで下った。
特にすることも無くなったが、まだ夕食には少し早かったので通りすがりにあった公園でブランコに揺られながら話をした。
話は小学生の頃に遡ったが、あの頃を懐かしく思うと同時に、無邪気さはどこに行ってしまったのかと、広い海を眺めながら耽った。
少し空が赤みを帯び始め、お腹も空いてきたので僕らはネットで調べた店に入った。雨風食堂という店で、地元民行きつけの雰囲気が漂い、入った瞬間に少し場違い感を覚える。老夫婦が営んでいるこぢんまりとした店のようだ。
カウンター席に案内され、僕は魚定食を、彼は刺身定食を注文した。店内ではテレビが流れており、常連客と老夫婦との和気藹々とした会話も度々聞こえた。しばらくして僕らの注文した料理が運ばれてきた。
焼き魚に刺身、だし巻き卵や小鉢がついており、結構な量であった。友人の刺身は刺身定食というだけあって僕のよりも種類も豊富で、量も多かった。僕らは早速食べ始め、美味しさに感動した。ただ、この後、僕らは真に感動することになった。食べ始めて少しした頃、とろろそうめんをサービスだと言って追加で出したくれた。僕らはお礼を告げ、つるっと平らげた。やはり、優しさという調味料が1番美味しい。しかもその後、デザートのマンゴーまで出してくれた。今まで食べた中で1番甘かったかもしれない。
食べ終わった後、僕らは会計をしてお礼を告げて席を立った。
「観光?どこから来たの?」
「東京です。」
老婦人の問いかけに、友人が答えた。
「何で来たの?車?」
「自転車…じゃなくて、電車です。」
今度は僕が答えたが、実際に朝に乗ったこともあり、最初、電車と自転車を言い間違えてしまった。
「あら〜。いいね。温泉楽しんでいってね。」
そりゃそうだよな。熱海だもんな。普通は入るよな。僕は心の中で苦笑する。
「実は、日帰りなので温泉には入らずにもうすぐ帰っちゃうんですよ。」
友人が答えると、少し残念そうな顔をした。
「あら、温泉入らないの。ほんと〜。勿体無い…。次来た時はぜひ入って行ってね。」
「ぜひそうします。」
「ごちそうさまでした。」
2人で揃って最後の一言を告げ、店を出る。
店の外では、海の匂いがして清々しさを感じた。
それから僕らは海岸沿いを歩きながら熱海駅へと向かった。
「将来のこととかって考えてる?」
彼が不意に尋ねた。
「え?就職とかってこと?」
「うん。そう。」
「いや、全然。」
「そっか〜。俺はもう少ししたら長期インターンとか初めてみようかなって考えてるんだよね。」
彼は遠くを見据えているようで、なんだか情けなくなる。彼と同じように真っ直ぐを見つめることはできず、後ろを振り返った。熱海の夜の街は綺麗に輝き、少し見惚れていた。僕が歩みを止めたので、彼もこちらを振り返る。
「あ、熱海城、ライトアップされてる!」
「え、どこ?」
「あの上の方。」
「あ、ほんとや。」
僕は同じ方角を見ていたのに、気が付かなかった。どうやら物理的にも彼と僕との見つめる先には差異があるらしい。その事実が少しだけ僕の足取りを重くした。
それからしばらく歩くと、朝に来た海辺に辿り着いた。海岸沿い全体にライトアップが施されている。上からの夜景が見れなくて残念だと思っていたが、これはこれで良い景色だった。
多数のカップルがイチャついているのさえ見に入らなければ…。
しばらく夜景を見た後、僕らは熱海駅から東京駅行きの電車に乗った。帰りの電車では二人とも眠った。朝からチャリで駆け回り、プチ登山もしたし、かなり疲れていたから当然だった。時々目が覚めて位置を確認すると思ったよりも早く進んでいた。
僕らの持っている切符は、きっとあっという間に目的地に着いてしまう。そこは青空が広がる楽園か、暗雲が立ち込める湿地帯か。それはまだ僕らには分からない。
ただ、今しかできないこと、今だからこそできることがきっとあるのだろう。
僕らの乗る電車は、明かりが灯る夜の街を駆け抜けていく。
空には、欠けた月が昇っていた。
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