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そうか。私はこの夏のあいだ、ひとりで「初彼!」ってはしゃいでいたけれど、結局は彼らの遊びに付き合わされていただけだったんだ。
「お腹空いたなあ」
ショックを受けたというのにどこか冷静な私は、肉屋で八十円のコロッケを一個買って店先で食べた。ホクホクに絶妙な塩加減がなぜか涙を誘う。
「いやだ、泣くのは……」
――だって、泣いたら彼らに負けたことになっちゃうから。
肉屋を背にして目を見開きながら立っていると、目の前が美容院だったことに気づいた。
「いつも駅前の美容院に行ってたからなあ」
食べ終わったコロッケの包み紙をぐしゃっと握ってジーンズのポケットにしまう。それからポシェットの財布の中身を確認した。五千円札と千円札が二枚。学生料金なら五千円でもいけるかな。
「なんで私と付き合おうって思ったの?」
元カレに告白された翌日。私は思い切ってそう尋ねた。
彼はすこし困ったような顔をしながら口元に笑みを浮かべて答えた。
「ミチの長い黒髪が、色っぽくて好きだったから」
「あの言葉も、ウソだったのかな」
私は美容院のドアを押し開けた。ちりんとベルが鳴る。
「毛染めとカット、お願いします」
私は女性の美容師さんに当たった。
「毛先だけで良いですか?」
鏡に映る私がメガネを外しながら、満面の笑みで言った。
「いいえ。刈り上げるぐらい短くしてください。髪色も、黒だったことが分からないぐらい明るく」
夏が終わる。恋だと思ったものも、終わった。なら、何も残す必要はない。
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