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第14話 それでも世界は続いていく
歌音が自宅に戻ってみると、リビングの中央に立つ亡くなった祖父母を前に、父・道隆と母・和美は深々と頭を下げていた。
祖母・杏樹が歌音に気付き、手招きをする。
「お祖母ちゃん、時間が来たんだね?」
「あぁ、歌音。皆であんたの活躍を見ていたよ。良くやった。あんたが無事ミッションをこなしたことで、まもなくこの世界は元の世界と完全に同期する。もうこれでこの家が時空に迷うことは無いだろうよ」
「お祖母ちゃん、わたし……」
「道隆は相変わらず弱っちいが、和美さんがいてくれるから問題無い。歌音だってあたしの後を継いで魔女としての第一歩を歩み出した。テン王子がパートナーとして傍にいるから、道を違えることも無いだろう。これで安心して逝ける。ありがとうよ」
見ると父と母が、消えつつある祖父母を前に必死に身体を震わせ、涙を堪えている。
それはそうだろう。
死者と会えるボーナスタイムは終わった。
これで名実ともに、もう二度と会えなくなるのだから。
「道隆。肩の力を抜け。お前はこれ以上無いくらい、充分頑張っているよ。誰も認めてくれなくてもワシがお前を認めよう。お前はワシの誇りじゃ。胸を張れ」
「そうよ。あんたは粗忽な部分が多いから親としては心配ではあるんだけど、和美さんがしっかり支えてくれるから、家族を信じて突き進みなさい。あんた一人なら迷う事でも、家族でなら乗り越えられるわ」
「ありがとう。俺、頑張るよ、父さん、母さん……」
道幸と杏樹が和美に向き直った。
「すまんのぅ、和美さん。道隆がヘタレなのはもう治りようが無いから、しわ寄せが全部和美さんに行ってしまう。それでもなんとか見捨てないでやってくれんだろうか。真に申し訳ない」
「ごめんね和美さん。もう道隆なんかどうでもいい。ううん、あんたこそ私の本当の娘。道隆なんかポイよポイ。愛想が尽きたらいつでも道隆なんて捨てちゃっていいから、自分の幸せだけを求めて強く生きるんだよ」
「父さん、母さん、さっきまでのいいセリフが台無しだよ……」
「お義父さん、お義母さん。姫宮家は道隆さんに代わって私が守ります。歌音も、立派に育てます。安心して休んでください」
「おい、和美ぃ……」
世界が光り輝く。
元の世界と、切り離されていた姫宮家の世界が繋がる。
道幸と杏樹が光に包まれながら笑った。
「またな」
「またね」
再び号泣する道隆と和美の前で、道幸と杏樹は寄り添いながら光の粒になって消えた。
本来彼らがいるべき世界へと還ったのだ。
「またね、お祖父ちゃん、お祖母ちゃん」
歌音は祖父母の消えた虚空に向かって、そっとつぶやいた。
◇◆◇◆◇
あれから数日が経った。
当然のことながら、もう歌音は忌引きも終え、普通に学校に通っているし、父・道隆も仕事に復帰している。
世は全てこともなし。
非日常はあっという間に終わり、日常に取って代わられる。
そうして辛いことは思い出に代わり、人々はいつも通りの暮らしを取り戻すのだ。
小学校から帰って来た歌音はランドセルを放り出すと、ネットで買った黒色のワンピースに商店街で買った黒のケープ、黒のトンガリ帽子と、全身を黒一色でコーディネートし、部屋に置いてある姿見の前でクルっと一回転してみた。
ワンピースとケープがひるがえり、とても可愛い。
鏡に向かってポーズを取りつつ、歌音は鏡越しにテンに話し掛けた。
「いつまでも喪服着ているのも何だしさ、新たにそれっぽい服を買ってみた訳よ。どうよ。文献に出て来そうな古の魔女っぽさを残しつつ、今風を取り入れたこのファッションセンス。ほら、わたし、イケてない?」
「カノンはさ、形から入るよね、いつも。大事なのは中身だと思うよ」
「うっさいよ、テン。可愛ければ何でも許されるのよ。っていうか、テンはなんで森に帰らないのさ。世界は元に戻ってめでたしめでたしなのよ? 用事済んだのになに長居してんのよ」
そうなのだ。
あれから一週間も経っているのに、まだテンは家にいる。
完全に居候と化して、食事を一緒にしたりもしている。
しかも全長四十センチ程度のお人形さんのような見た目なのに、まぁ食べること食べること。
父・道隆も、母・和美も今では妖精が自分の生存圏にいるという状況にすっかり慣れたようで、もう何も言わなくなってしまっている。
「ボクはキミのパートナーだよ? カノン。魔女とパートナー妖精は常に一緒にいる。魂が繋がっているからあんまり長い距離離れられないんだ。あぁ、でもたまには実家に帰ったりするけどね?」
「離れられるんじゃん」
歌音は机の引き出しに仕舞っておいた短杖を取り出し懐に差し込むと、二階の自分の部屋を出て玄関へと向かった。
と、歌音は階段を降りている途中で、逆に階段を上って来る母・姫宮和美と出くわした。
「あら歌音。ちょうど良かったわ。出掛けるんだったら牛乳買ってきてくれない? 買い忘れちゃったのよ」
「いやいや、ママ、ママ。わたしこれからパトロール。空飛んで町内の警戒。スーパーとか行かないから」
「あら、パトロールついでにスーパー寄るくらい何てこと無いじゃないさ。どうせあっち行くんでしょ? だったらついでに行ってきてよ、ケチ臭いこと言ってないでさぁ」
「うっそでしょぉ……」
歌音は、ママ・和美に畳まれた布製のエコバックを押し付けられた。
「お金はレシートと交換ね。晩御飯までには帰ってくるのよ」
「人使いが荒いなぁ、ママったら。行ってきまーーす!」
「はい、いってらっしゃい」
母・和美は娘が箒に乗って空を飛んでも何も言わない。
世界を取り戻したあの冒険を見たからか、母はあっさりと魔女や精霊の存在を信じたのだ。
魔女だった義母の遺志を娘が受け継ぐという、ちょっと燃えるシチュエーションだったこともあって、和美は歌音のことを積極的に応援している。
完全に、親公認の魔女活動となっている。
歌音は玄関先に置いてある竹箒を手に取ると、無造作にまたがった。
「ベントゥス(風よ)!」
掛け声と共に歌音の足元で風が渦巻くと、歌音は一気に高空へと上昇した。
あっという間に地上百メートルの位置まで到達する。
歌音の着たケープがパタパタ風に揺れる。
歌音は高空から街の景色を見た。
青い空。遠くに見える山々や海。そして街のあちこちに生える緑の木々。
田舎なので言うほど混雑はしていないが、それでも車は走り、人が歩いている。
「こうして見るとやっぱり綺麗だね、世界は」
「そうだな。世界にちゃんと色があると本当に美しく感じるな。これがカノン、お前が守った世界なんだぜ?」
「そうだね。守った甲斐はあったかな? んっふー。んじゃ、早速パトロールに行こうか、テン」
「行こう、カノン! 虹色使いのカノン!」
祖母・杏樹は幻影の森を治める妖精の女王・アナスタシアをパートナーとして、この町を守っていた。
だがその祖母は亡くなり、もういない。
これからは、杏樹の孫である歌音が祖母の後を継ぎ、アナスタシアの息子であるテンポス王子をパートナーとし、契約した七色の精霊を伴い、町を守るのだ。
虹色使いのカノンとして。
歌音はこの町を守る新人魔女として、箒に乗って青空をどこまでも飛んだ。
END
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