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第12話 夜闇のたたかい
翌朝四時――。
箒にまたがった歌音は、町の上空二百メートルの位置でホバリングをしていた。
歌音の着た黒色のケープが風でバタバタひるがえる。
歌音は腕を組んで東の空を睨んだ。
テンも同じように、歌音の肩の辺りでじっと東の空を睨んでいる。
どうやらタイミングを計っているようだ。
見ると、まだ空には星が瞬いている。
だが、あと一時間も経たずに太陽は昇って来るはずだ。
「カノン。そろそろ動き出そう。太陽が完全に姿を現したとき、白色のみで固定されていたらオレたちの負けだ。だが、それまでに黒色と白色の精霊を支配下に置けていたら、カノンの方が色の影響力が上位になり、この世界の色をカノンの自由にできる。つまり、日が昇り切る前に太陽の色を元に戻せればオレたちの勝ちってことだ。オーケー?」
「オーケー。んじゃ、行こう」
歌音は前方を睨みつけると、宙に浮いたまま叫んだ。
「黒。それは夜空の色。出ておいで、黒色の精霊! わたしと契約しよう!」
「……ボクと契約したいって? 敵と契約しようってずいぶんと余裕だね」
歌音は無数の黒色の精霊に囲まれる。
それはそうだ。
夜中に喚んだのだから、周り中、全て黒色の精霊だらけに決まっている。
「いいぜ、捕まえられたらね。ま、やってごらんよ、無駄だとは思うけどさ」
黒色の精霊たちは、歌音に嘲笑を浴びせながら夜闇に溶けて消えた。
歌音は黙ってそっと目の前の空間を抱き締めた。
青色の精霊を確保したときの要領だ。
だが――。
「無理無理。闇の中でボクらが捕まえられるわけないだろ? 境が無いくらい、その全てが黒色なんだから」
黒色の精霊たちの笑い声が耳のすぐ後ろ、目の前からと、色々な方向から同時に木霊する。
「痛っ!」
と、歌音はいきなり肩口を小突かれた。
次の瞬間、背中を小突かれる。
あっという間に、色々な方向から歌音は攻撃を受けた。
しかも、最初こそ小突く程度だったが、だんだん攻撃の威力が上がり、蹴飛ばされているくらいの強さになってくる。
たまらず、歌音は箒を飛ばした。
だが、黒色の精霊に囲まれてしまっているからか、歌音への小突き攻撃が止まらない。
「痛いなぁ、もう!」
「どうする? 夜の戦闘は分が悪いぞ!」
「そんなの分かってたことでしょ! テンには何かアイディアとか無いの?」
「アイディアねぇ。んー、この闇を掻き消せるくらいの光量を作り出せればいいんだけど……」
「それだ!!」
歌音は一気に地面まで下降すると、箒から飛び降りた。
同時に目をつぶると、心の中の七色の精霊たちに話し掛ける。
――ねぇ、あなたたち? わたしに力を貸してくれない?
心の中の暗闇の中、歌音の周りに七色の精霊が集まって来る。
それぞれがそれぞれの色に光っている。
『貸すも何も、ねぇ……』
『だってボクらはカノン、すでにキミと一体化しているし……』
『そそ、手足の延長みたいなものなんだよ?』
『息を吸うように自然とそこにあり……』
『息を吐くように自然とそこにある……』
『キミは望めばどんな色だって生み出せるんだ』
『やってごらんよ。虹色使いのカノン!』
――ありがとう、みんな!
歌音は懐から短杖を抜きながら、ゆっくり目を開いた。
「赤! それは血液の色! 身体を流れる原初の色! オステンデテ(姿を現せ)!」
歌音が短杖で差した先――歌音の右斜め前五メートル程の場所に赤色の魔法陣が出現すると、その上にフっと赤色の精霊が現れ、強烈に発光して周囲を赤色に染めた。
「青! それは空の色! 生きとし生ける者を包み込む清廉な色! オステンデテ(姿を現せ)!」
歌音が短杖で差した先――歌音の左斜め前五メートル程の場所に青色の魔法陣が出現すると、その上にフっと青色の精霊が現れ、強烈に発光して周囲を青色に染めた。
「緑! それは木々の色! 安らぎを与えてくれる友情の色! オステンデテ(姿を現せ)!」
歌音が短杖で差した先――歌音の後方五メートル程の場所に緑色の魔法陣が出現すると、その上にフっと緑色の精霊が現れ、強烈に発光して周囲を緑色に染めた。
夜闇の黒色を打ち消して、歌音を囲むように赤色、青色、緑色の三色の光が現れる。
と同時に、三色の重なった部分――まさに歌音のいる場所が白色に包まれる。
まだ夜にも関わらず、そこにまばゆい光の塊が現れる。
「そうか! 三原色で白を作り出したのか! やるな、カノン!!」
テンが叫ぶ。
光に包まれた歌音が、再び目の前の空間を優しく抱き締める。
両腕と身体によって作られた影が微かにそこに出現する。
そして同時に、腕の中に一人、黒色の精霊が出現する。
「わたしの勝ち!」
歌音の腕の中にまんまと入ってしまった黒色の精霊が、勝利の笑みを浮かべる歌音を見て苦笑いを浮かべた。
「いやはやビックリだ。こんな初心者魔女にしてやられるとはな。とはいえ約束は約束だ。オレたち精霊にとって約束は絶対だ。しようじゃないか、契約ってやつをさ」
黒色の精霊が歌音に抱き締められながら目をつぶる。
――黒。それは闇の色。夜空の色。明日を迎える為の活力を蓄えるべく休息を与えてくれる色。全てを優しく包み込み、明日へと押し出してくれる再生の色……。
歌音は目をつぶって黒色の精霊の額にそっとキスをした。
腕の中の黒の精霊が拡散していく。
歌音が再び目を開いたとき、夜は夜のまま黒く暗かったが、そこに敵意は無く、自分の手足の延長のような感覚があった。
契約したことで、黒色が味方に変わったのだ。
「やったな、カノン」
「ありがと、テン」
歌音は箒にまたがると、空へと浮かんだ。
テンがぴったりとついてくる。
疲れてはいるが、まだミッションは終わっていない。
最後の最後、白色の精霊との契約が待っている。
見ると、東の空の端が薄っすら白く染まり始めている。
夜明けが近い。
「テン、これが最後よ? 何かあれば先に言っておいて」
「そうだなぁ。……カノン、キミは気付いていないかもしれないけど、キミの味方は八色の精霊だけじゃないよ? 四元素の精霊だってそうだし、それ以外にもまだたくさんいる。それさえ忘れなければ勝てるよ、絶対!」
「……どういうこと?」
「なぁに、ただのオレの独り言さ。さぁ時間だ。行くよ?」
「オーケー。いっちょカマしてやりますかぁ!!」
歌音は明けてくる太陽に向かって全力で箒を飛ばした。
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