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第13話 光に向かって
歌音は昇りつつある太陽に向かって高速で飛んだ。
だがこの街は閉じられている。
どこまでも飛べるが、どれだけ飛んでも街の外れには辿り着けないことになっている。
結界を破らない限りその先には行けない。
と、空を箒で飛んでいた歌音は、空間が歪むのを感じた。
――今ループした! お祖母ちゃんの言っていた通りだ。ある程度まで進んだら強制的に戻され、そうやってループし続ける。本当に閉じているんだ……。
歌音は箒で飛びながら前方を睨みつけた。
「白! それは純粋な光の色! 出て来なさい、白色の精霊! わたしと契約しましょう!」
「元の世界に戻ることが幸せとは、必ずしも限らないんじゃないかな?」
「白色の精霊!」
子供の姿をした白色の精霊が、歌音の箒のすぐ前に現れる。
だが、箒の速度と同期して後ろへ後ろへと飛んでいくので、どこまで行っても追いつけない。
「虹色使いのカノン。キミは祖父母を亡くし、深く深く悲しんでいるはずだ。進むだけが人生じゃない。時には立ち止まったっていいんだ。振り返ることだって罪じゃない。辛いときは無理せず休めばいいんだ。違う?」
「何が言いたいの、あんた!」
ケープを激しく風にはためかせながら、歌音は白色の精霊に向かって叫んだ。
「キミの祖母・姫宮杏樹と祖父・姫宮道幸は今、家にいて、我々の戦いの様子を見ている。それもこれも、世界と切り離された結界の中にいるからだ。元の世界と同期するってことは、祖父母ともう二度と会えなくなるってことだ。それでもいいの?」
「なっ!」
歌音の飛ばす箒の速度が目に見えて落ちる。
だが、白色の精霊は箒の前で腕組みをしたまま歌音をじっと見ている。
反応を探っている。
「会えなくても大丈夫なくらい癒えたのならまだしも、葬儀は昨日の今日だ。そんな早く吹っ切れるものじゃないだろう? もう少しこの世界に留まっていてもいいんだよ?」
「でも! でも日常は、人々の喜びや悲しみに関係なく続いていくの! わたし一人だけ立ち止まっているわけにはいかないわ!」
「……頑張り屋さんなんだね、カノンは。なら仕方ない。強制的に休んで貰おうか」
その瞬間、前方の昇りつつある白い太陽から光とともに白刃が無数に飛んできて、歌音の身体を貫きまくった。
◇◆◇◆◇
音が消えている。
先ほどまで吹いていた風も止まっている。
見ると、歌音も、白色の精霊も、世界の全てが動きを止めている。
時が止まっているのだ。
そんな、誰も認識できない時の止まった世界で動く影が一つ――。
「やぁれやれ、間一髪だよ。幻影の森を治める妖精の王族は時を司る。王族が妖精の頂点たる所以だ。このオレ、妖精の女王・アナスタシアの十七番目の息子・テンポスも、女王ほどでは無いが実は少しばかり時を止めることができる」
妖精の王子・テンは、誰に言うでも無くブツブツとつぶやきながら止まっている時の中を一人動いて、歌音の傍まで移動した。
「残念ながら強力な力ゆえ如何なる者も妖精の王族とは契約することができない。力のある魔女ならパートナーにはなれるけどさ。だから申し訳ないが歌音がこの力を使うことはできない。その存在を知ることもね。ま、でも、パートナーがいきなり死ぬってのも勘弁して欲しいから、ここはオレが助けてあげるよ。よいしょっと」
精霊の王子・テンは、目の前で止まっている歌音を、乗ってる箒ごと二メートルほど下に押して移動させた。
これで白刃を全て避けられたことになる。
「さて、これでまた時が動き出すぞっと」
まんまと白刃に突っ込んでしまった歌音は、慌てて両手で顔を庇った。
だが、攻撃が来ない。
どころか、箒の前に突っ立っていたはずの白色の精霊までもが消えている。
慌てて箒に急ブレーキをかけて振り返ると、白色の精霊が歌音の後方で茫然とした表情で宙に漂っているのが見えた。
白色の精霊がゆっくり振り返って、テンを睨みつけた。
テンが肩をすくめてみせる。
歌音がテンに向かってそっとささやく。
「あんた、何かやった?」
「ヒントは無しだ。さぁ時間が無いぞ! 早いとこ白色の精霊を捕まえるんだ!」
「言われなくなって!!」
昇りつつある太陽から再び白刃が飛んでくる。
歌音は箒を急発進させると、白刃を避けながらジグザグに飛んだ。
当たりそうな白刃は、歌音の周りを高速で回っている四精霊が弾いてくれているが、なにせ白刃の数が多い。
弾き切れるものでは無い。
魔女になったばかりの歌音はベテラン魔女のような自在な熟練飛行はできないので、防御を四精霊に任せ、勘で必死に箒をコントロールした。
と、歌音の前に突如白色の精霊が現れると、怒りの表情で叫んだ。
「そろそろ終わりにしよう!」
白色の精霊が、目がくらむほどの強烈な光を発した。
思いっきり目を開いていた歌音の視界が真っ白に染まる。
視界が死んだところで、再び太陽から白刃が大量に飛んできた。
だが――。
「これって時が止まってるってこと? テン、あんた凄いのね?」
歌音は時の止まった世界で、左手でテンの襟首を掴み、前方に突き出していた。
太陽から放たれた白刃が、テンに突き刺さる直前で止まっている。
「ぼ、ボクを使ったな? ズルいぞ、カノン! っていうか、どうやってこのカラクリが分かったんだ?」
「分かるわけ無いじゃない。ただ、さっき白刃を避けたとき、あんたが何かをやったんだってことだけは分かった。だから敵の攻撃にあんたを巻き込んでみた。女王さまが時を止めたって話は聞いてたけど、よもやあんたまでそんな芸当ができるとはね。さっすが王族、大正解だったわ」
「ひでぇや。でもま、やっちまったものはしょうがないから何とかしよう」
テンはフヨフヨ浮くと、白刃を全て叩き落とした。
「んじゃ、時は動き出すよ? 準備はいい?」
「オーケー、お願い!」
再び時が動き出したとき、白の精霊は歌音に優しく抱き止められていた。
白色の精霊が心底ビックリした顔で歌音を見る。
「わたしの勝ち! 契約してくれる? 白色の精霊さん」
「しょーがないね。ボクとしてはもうちょっとキミには癒しの時間があっても良かったんじゃないかって思うんだけどね」
「いい。それよりわたしは前に進む。お祖父ちゃん、お祖母ちゃんに胸を張りたいから」
「やれやれ。そんなに頑張らなくっていいのに。ま、約束だし、契約しよう!」
歌音は白色の精霊を抱き締めたまま目をつぶってその額にキスをした。
――白。それは光の色。あらゆるものを照らし、癒す。全ての始まり。全てはそこより始まりそこへと還る。
白色の精霊が拡散し、広がって行く。
歌音が目を開けると、まさに太陽が地平線を割って出るところだった。
黄色と橙色と白色に包まれて、太陽がまばゆく光を発しながら登りつつある。
空は青く、雲は白く。
そして世界は、全ての色を取り戻していた。
今日も昨日と同じく陽が登り、変わり映えの無い、それでいてかけがえのない、何ということもない一日が始まるのだ。
「やったな、歌音」
テンが歌音と手を叩き合う。
歌音はテンに向かって、ニッコリ微笑んだ。
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