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第3話 魔法の才能
広場の中央まで行くと、杏樹は再び懐から短杖を取り出し、宙に魔法陣を描いた。
「エリージェデラ(蔦よ、育て)!」
ゴゴゴゴゴゴゴゴ!!
芝生のあちこちから蛇のようにニョキニョキ生えて来た無数の細い蔦は、あっという間に太くなり、組み合わさり、一軒家ができていく。
調整のつもりなのか、杏樹が建物を前に右手で持った短杖をちょこちょこ動かす度に、蔦の成長速度や組み合わせが微妙に変わって、より複雑に家が形作られていく。
その動きは、まるで指揮者のようだ。
そうやってものの五分でできあがったそれは、ちょっとした一軒家くらいのサイズの、蔦でできた小屋だった。
開いた口が閉まらないとはこのことだ。
あまりのことに、歌音が目を丸くする。
「家ができちゃった。魔女ってホントだったんだ……」
「何だい今更。信じて無かったのかい」
「おぉ? やっと来た! やっほー! 待ってたよー!」
と、杏樹と歌音の目の前にポンっと音を立て、突如、身長五十センチくらいの生き物が現れた。
だが、縮尺を変えただけで等身は人間と変わらない。
見た目は十代半ばくらいで、金髪を頭の両側でお団子にした可愛らしい少女だ。
まるでオパールが遊色効果を発揮しているかの如く、身に纏ったミニのドレスが、見る角度や光の当たり具合で色々な色に輝いている。
そして一番特徴的な部分はその背中だ。
蝶々のような羽根が一対生えていて、だが羽ばたいている様子も無いのになぜか宙に浮いている。
歌音が慌てて杏樹の後ろに隠れる。
「わわっ! 何か現れた!! 虫? 虫?」
「アナ! あんたまーたそんな恰好で……」
「私だってたまにはこういう格好するわよ、アンジュ。んで? その子がアンジュのお孫さん? あなたの後継者になる子ってことでいいのよね?」
三者三様に口を開く。
杏樹はため息を一つつくと、小動物に孫を紹介した。
「アナ、これがあたしの孫の歌音だ。あんたに連絡が取れてホント良かった。お陰で何とか、歌音を鍛える時間ができた。礼を言う。もっとも、あまり時間を掛けられないから急造で何とか仕上げないといけないけれど。ともあれ、ここにいる間厄介になるよ」
「思い出すわね、アンジュが来たときのこと。まぁ任せてよ。次代さんが立派に巣立てるよう、こっちも全力でバックアップするわ」
「助かる」
次に杏樹は、ビックリして立ち尽くす歌音の方に振り返った。
「歌音、こちらはアナ。あたしのパートナーだった妖精だ。魔女は妖精をパートナーとし、人間界と自然界との調和を保つのがお仕事だ。あんたも魔女として活動できるようになったらアナにパートナーを紹介して貰うからそのつもりでいなさい。さぁ、それじゃ早速特訓を開始するよ!」
杏樹は歌音の魔女修行の開始を高らかに宣言した。
◇◆◇◆◇
「魔女は俗に魔法核と呼ばれる魔法器官を持っている。と言っても臓器のように物理的に存在している訳じゃ無い。概念的な、霊体器官だと思えばいい。場所としては下腹部。東洋医学で言うところの丹田の辺りだ。この魔法核を動かす事によって、魔女は魔法を使えるようになる」
青空教室のつもりなのか、小屋の前に、妖精のアナがどこかから調達してきた大きなホワイトボードが置かれている。
杏樹はそれに人体の絵を描いて歌音に説明した。
ホワイトボードの前に立ってふむふむとうなずいている歌音の脇にさりげなく移動した杏樹は、いきなり歌音の下腹部をギュっと押した。
「ぐぇ」
「腹式で押し返しなさい」
思わず変な声を出した歌音に、杏樹が渋い顔を向ける。
そうして杏樹は、歌音に何度か腹式呼吸をさせてみた。
「この辺りだ。いいかい? 今からあたしが、外からあんたの魔法核に刺激を与えるから、まずはその存在を認識しなさい」
杏樹が何かをつぶやきながら右手で歌音の下腹部を優しくそっと押した。
すると、まるでそこに風車でもあるかのように、突如何かが回転する感覚が出現した。
「何これ! 何これ! 何これーー!!」
歌音がお腹を押さえて、慌てて杏樹から離れた。
余程ビックリしたのか、歌音がその場でぴょこぴょこ跳ねながら走り回る。
「何これ、気っ持ち悪ぅー。何も無いのに何かあるー」
「あっはは。ビックリするよねぇ。最初は皆そうなんだ。アンジュも昔、同じ反応してたよ」
「茶化すな、アナ。時間が無いんだから。戻っておいで、歌音。続けるよ」
「はーい」
歌音がお腹を触りながら戻って来る。
「そいつがあんたの魔法核だ。動かす事で魔力が発生する。だが常時回しっ放しにすると魔力も体力ももたない。そこで魔女は必要なときだけ魔法核を起動する。始動キーは『イグナイテッド(着火)』だ。今回は外から回す。いくよ!」
「イグナイテッド(着火)!」
歌音は杏樹と一緒に掛け声を掛けた。
途端に歌音の魔法核が勢いよく動き始め、体内に炎が生まれた。
「わわわ! なんか燃えてる! これ、どうしたらいいの!!」
「落ち着いて意識を集中させるんだ。それは幻影の炎だ。心配しなくていい。身体の中にある限りそれは実体化しない。とりあえず生まれた炎は身体の中で循環させて……そうそう、それでいい。しばらくそうやってお手玉してなさい。やってる間に慣れてくるから。アナ、歌音に練習用の短杖を用意しておくれ。あたしはその間にお茶の用意をしてくる。歌音、その火、絶対消すんじゃないよ!」
アナがいそいそとどこかに飛んで行くのを横目で見ながら、杏樹は小屋に向かって歩いた。
「やぁれやれ。本当に大丈夫かね」
小屋に入りながら、杏樹はウンザリ気味につぶやいた。
◇◆◇◆◇
「これさぁ、どう見ても百円ショップのおもちゃだよね?」
歌音は、アナに向かってプラスチック製の短杖を振った。
どこから仕入れてきたものか、つい先ほどアナから貰ったものだ。
全長は五十センチほどで、柄は白とピンクで塗装されており、てっぺんがピンク色のハートと白い羽根を組み合わせたデザインになっている。
柄の中ほどにあるスイッチを押すと、音を鳴らしつつ、てっぺんのハートがクルクル回りながら光る仕様だ。
百円にしては登録されている発光パターンもメロディも多く、なかなかどうして、子供向けと侮れない商品である。
「可愛いでしょ」
「可愛いっていうか……子供っぽいっていうか……」
「対象年齢は五歳以上って書いてあったから、カノンだって使えるでしょ?」
「いや確かに十二歳だから五歳以上ではあるけどさぁ……」
歌音とアナがなにやら話しながら訓練をしているところにお盆に三人分のお茶を乗せて戻ってきた杏樹は、口をあんぐり開けた。
歌音がTVアニメに出てくる魔法少女のように、掛け声と共に色々な決めポーズを取る度に、おもちゃの杖から炎の球がバンバン飛び出している。
それを見て、アナが楽しそうに拍手をしている。
杏樹は慌てて目に魔法を宿らせ、歌音の体内の魔力の流れを探った。
歌音の魔法核が正常に動いている。
完全に魔法を制御できている。
「参ったね。あたしが思っていたよりずっと歌音は適応力が高いじゃないか」
思ってもいなかった孫・歌音の魔法の才能に、杏樹は舌を巻いた。
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