夏の海は私たちをつなぐ

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 「・・・ありがとうございました。」  車内には全く響かないような、ぼそぼそとした無機質な声。運賃を払い終えると、物珍しそうにこちらをうかがう運転手と目が合う。一応の会釈をして、バスを降りた。  耳をつんざくようなセミの声は、温かい風に乗り、私の髪を静かに揺らす。見る者の目をはっとさせる程に透き通る空の碧。一時間少し前までいた、人工の光で着飾られた都会とは何もかもが違う。多くで海鳴りが聞こえる。いや、温かい風は潮の香りを濃く含んでいる。やはり、海は近いのだろうか。近かった気がする。  「発車します。」  私が降りて、もう誰も乗っていないバスは、次の停留所へ向かっていった。入れ違いに見えた二人が、私に手を振る。眼鏡の奥の慈愛に満ちた優しい目。おばあちゃんだ。その隣には、タヌキのように大きなお腹を楽しげに揺するおじいちゃんもいた。
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