ー囁く声ー

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 『それにしても、当時は雑誌とか新聞の記者さんたちが忙しなく母のところに取材に来ていたそうですが、まさか“あの事件”をまだ追っている方がいたなんて……』  そこから先の言葉は無く、沈黙したインターホンを見つめながら影彌が「そうですか」と溜息をつきそうになったその時、『ちょっと待っててくださいね』という声がインターホンから聞こえて来た。  程なくして、ガチャリと家のドアが開くとそこからは50代ぐらいの女性がおもむろに出て来た。  「お待たせしてすみません、〇✕新聞の影彌さんでしたか。私が母から聞いた話でもよろしければ事件のお話をするのも構いませんけど……私、これから市役所に行く用事があってあまり時間は取れなくて、それでもよろしければ……」  影彌はそれにいえいえと首を横に振り、「大丈夫です、お時間は取らせませんよ」とこちらはまだ慣れない営業スマイルを浮かべて、パーカーのポケットにずぼりと両手を突っ込みそこからメモ帳とボールペンを取り出した。  「では、お母様が体験された事件のお話――伺わせて頂きます」  そうして、影彌は工藤雅子の娘である工藤 幸代(くどう さちよ)から事件についての話を聞くことが出来た。  しかし、幸代から聞いた話は過去の新聞の記事で読んだ内容とあまり大差の無いものだった。それはあくまで事件の概要という範疇を超えず、何か事件の核心にせまるようなものもない、このままでは大した収穫も無しと思われた為、影彌は手早く話を切ると礼を言った。  「お時間頂き、ありがとうございました」  「いえいえ、本人でもないし大した話もできなくて申し訳ありません」  「とんでもありません、それではこれで失礼致します」  そうして影彌が頭を下げてその場を離れようとした時、幸子が急に何か思い出したように言った。  「あっ、そうだ影彌さん、そう言えばひとつお伝えし忘れていたことがありました。これは多分……以前来られてた記者の方たちにも、母はお話していない内容になるんじゃないかしら?」    幸子に一瞬背中を向けた影彌はそれを聞いて「ほ、本当ですか?それは、いったいどんな内容なんでしょうか?」と急いで踵を返した。  「そうですねぇ……これも当時のUFO記事のように“(あやかし)めいたもの”にはなるんですが……」  「構いません、むしろ好都合です!ぜひ、聞かせてくださいっ!」  「好都合……ですか?ともかく、わかりました」    そう言った幸代だったが、影彌の顔をまじまじ見ると首を傾げて少し訝しげに「それにしてもぉ……あなた」と、視線を上から下に送り、再び影彌の顔へ戻す。  「記者さんにしては“随分と若いわねぇ”」  それに影彌はぼさぼさの頭を掻きながら「良く言われます、あはは」とわざとらしく笑った。
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