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プロローグ
ある夏の夜の出来事だった――。
暗闇が広がる夜の林道を青い軽自動車が1台走っていく。車内には男女が2人。車内では流行りのBGMが流れ、運転をする男とその隣の助手席に座る女の楽し気な会話も終始途切れる事なく賑やかだった。
それとは対照的に、辺りには家屋や街灯というものは無く夜もすっかり更けて道を照らすのは車のヘッドライトのみだ。すれ違う車もかれこれ1時間は見ていないだろうか。それを少々心細く感じながらも男は車を走らせた。
さらに林道を進むと古びた鉄橋が見えて来た。その先には深い森が見える。鉄橋の下は谷底深い広い川が激しく流れていた。
運転していた男は鉄橋を渡りながら深い森の方を指さすと女に目的地はもうすぐだと伝えた。
「この先に、星がすごく綺麗に見えるところがあるんだってさ」
「それって、“あの噂”の……?」
「そう……これから俺らが行くのはその噂の場所です!」
「へぇー!本当にあったんだ!SNSでも詳しい場所とかを言ってる人がいなかったから、てっきり都市伝説みたいなものかと思ってた!」
「だよな、俺もそう思ってた。でも、俺の会社にその場所を知ってる先輩が居てさあ。最初は拒まれたけど、なんとか教えてもらったんだ」
「すごいじゃん!私も一度は行ってみたいと思ってたし、楽しみだあ~!」
そうして、人気の無い真っ暗な山道の路肩で男は車を止めエンジンを切った。途端に深い森の中はしんと静まり返り、その中を二人は懐中電灯の光だけを頼りに森へと入って行った。
しばらく進むと、2人は頭上でアーチの様に木々が重なる場所へ出た。
「ここを抜けたら森が広く開けた場所に出るらしい。そこから眺める星が最高だったって、その先輩は言ってたんだ」
「そ、そうなんだあ……。でも、私……これ以上先に進むのちょっと怖いかも……」
「あはは、怖がりかよ!大丈夫だって」
時折、笑い声を交えながらその2人はさらに森を進んで行く。次第に木々の切れ目から星が見え始めると徐々に2人の視界が開けて行き、視界の先に広がる広大な景色に足を止めた。
足元からは涼し気な風が吹き上げ、木々の葉が擦れる音が心地いい。森が開いた場所へと出た2人は空を見上げ思わず息を飲んだ。
「す、すげえ……こりゃあ先輩の言ったとおりだ……」
「うん……うんうん……すっごい……。こんな星空、今まで生きて来て一度も見たことない……」
そこには目を奪われるほどに満天の星空が広がっていた。それを見上げながら、男は拳をぎゅっと握るとおもむろに口を開いた。
「明美……実は俺、前からお前のことが好きだったんだ。俺と、その……付き合って欲しい」
「優くん……。うん、その言葉、ずっと待ってた……」
「明美……愛してる……」
そうして2人は星空の下で愛を誓い抱きしめ合った。
愛の言葉を囁くのならこれ以上ないロケーションとタイミング。傍から見ればそう見えた事だろう。
だが――彼らはこれから訪れる“悲劇”をまだ知らない。幸せな時間は一瞬、悲しみは一生と言う。
皮肉なものだ。いや、この世にはそういった人間にはどうしようもない“理不尽”が存在していると言った方が良いのかもしれない。
なぜなら、“奴等”には慈悲というものがこれっぽちもないのだから――。
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