ー願いと呪いー

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 憑依された由紀の心臓を一時的に停止させ、彼女の霊核を露わにすることにより“怪異による浸食部も同時に露呈させる”――。  それが、男の真の狙いだった。これからこの男がやろうとしていることは、その霊核まで侵食した怪異の摘出という名の――“”。  彼女を救うには、そうするしかないと男は判断した。人間の怪異化を防ぐ為の掟など、初めからこの男には無用だったのかもしれない。  単純に――。  それがこの男の行動原理である。どのような状況になろうともそれは変わらない。男からしてみれば、。  この男にとっては、それは一種の生死観とも言える。救えるのであれば救い、救えないのであれば見捨てる。その境界線の見極めにおいてこの男は冷静であり、愚直。冷酷無比とも言えるその命の天秤は、実に“狂っている様に見えて酷く正確なのだ”。  だから、この男に命を救ってもらおうというのはあまり期待しない方が良い。どんなに助けを乞おうが、場合によってはその場に置き去りにされるか――祈る時間さえも与えられず、無慈悲にも。  だが――だからこそ――この男の中には、正義の味方のようなヒーロー性ではない“絶対性”が存在している。  一度『救える』と判断すれば、自分の命さえも厭わない。どれだけ不利な状況であろうとも、結果的にこの男は必ず誰かを救う。それも――“絶対にだ”。  そんな男の背中をすぐ傍で見て来た者がいる。  その姿に魅せられた――突き動かされた――惚れた――だから、“愛した”――。  男の言葉を聞いて、“彼”は――いや、宮瀬千尋(みやせひちろ)は言った。  「……さっきの、前言撤回します。やはり、あなたは僕が尊敬するに値する人だ」  宮瀬はそう言って、由紀の額に当てがっていたコートの男の手の上に自分の手を重ねた。  「この子の肉体の維持は、僕が引き受けます」  「……ああ、そいつは助かる」  男の額に溜まった汗がぽたぽたと滴り始めた。霊力と集中力の消耗が激しい。涼しい顔をしながらも、由紀の霊核から怪異を除去する作業はコートの男にしてみれば、まるで爆発物を解体しているようなものだった。  起爆スイッチへと繋がる細いリード線を避けながら1本、また1本と線を切るように、微弱な霊力をメスの様にして彼女の霊核に侵食した怪異を徐々に男は切り離していく。  仮に霊核のどこかを少しでも傷つければ、最悪、寿命が縮むか、何かしらの後遺症は免れないだろう。
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