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怪異に取り憑かれた由紀の肉体的ダメージは大きい。すでにぼろぼろになった彼女をこれ以上傷つけまいとする気持ちが男の集中力を極限まで高めている。
普段の男の性格とは裏腹に、その心霊術の繊細微妙な技術はまさに――『神業』――。
由紀の肉体の維持を引き受けた宮瀬は、そんな男のでたらめさを身を持って再確認した。
本来なら、仮死状態となった由紀の体をそのまま放置すれば1分で末端の組織は壊死し始める。そして、ものの数分後にそれは脳へと達し、彼女の肉体は死に至ることだろう。
だが、彼らは自身の霊力を由紀の体内へ送り込むことでそれを防いでいる。
『霊力』とは、元来人体に蓄えられている生命エネルギーとはまた別の形で存在しているもう1つのエネルギーのことだ。
生命エネルギーも霊力も同じ霊核を根源とし、人も動物も大なり小なりその2つのエネルギーを持って生まれて来るという。
そこには稀に“例外”も存在するが、能力者は基本的に生命エネルギーと霊力をニアイコールで考える場合が多い。
つまり、根源が同じ霊核なのであれば“生命エネルギーを霊力に、もしくは霊力を生命エネルギーへと変換することも可能”――というのがコートの男の考えだった。
その為、霊力を使うということは自身の体力を消耗するのと同義である。
彼らは自身の霊力を生命エネルギーに変え、そうして彼女の肉体を辛うじてまだ生かす事が出来ている。
問題は、そんな彼らの霊力も無尽蔵ではないという事だが――。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
宮瀬が由紀へと自身の霊力を送り始めて数分、その体力の消耗が顕著に見え始めた。
この人は……怪異の除去とこれを同時にやっていたというのか……。信じられない……。
全身から汗が噴き出して来る……。まるで押し寄せる荒波に抗いながら泳ぎ続けているみたいだ……。
そうして、みるみるうちに酷い倦怠感が宮瀬の体を覆う。自然の摂理に逆らい、死にゆく体をそうして人の力だけで生かそうとしているのだから、必要とされる生命エネルギーは途方もない。
血液が急速に体内から外へ流れ出ていくかのように、気を抜けば一瞬で意識が吹き飛びそうになる。宮瀬は奥歯を噛み締め、消失しそうになる意識を必死に保った。
だが、その霊力の限界は刻々と近づいている。
「ハァ……ハァ……ハァ……ハァ…………」
――助けるんだ……この子を……。死なせやしないぞ……僕だって、絶対に……絶対に……絶対に……――。
その時、混濁した意識の中で宮瀬はコートの男のがなり声を聞いた。
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