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「ああ、あの子に取り憑いていたのは恐らく鬼熊と言う妖怪だろう。不幸な死を遂げたり、長いこと生きた生き物ってのは多かれ少なかれ不思議な力を操り始めるもんだ。鬼熊は一見ただの巨大な熊なんだが、腕の一振りで大木をなぎ倒しちまうくらい馬鹿みたいに力が強く、目にも止まらないほどの俊敏さも兼ね備えている。日中は山に潜み、夜中になると山を下りて家畜を襲うと言うが、そいつが昔にこの裏山で出たっていう古い記録を役場で見つけてな」
「じゃあ、それが……由紀ちゃんに取り憑いて……」
「いや、これはそんな単純な話じゃあねえ。さすがに妖怪でも生身じゃあ人間に取り憑く事はできねえだろう。妖怪って言っても肉体があるものないものいてな、鬼熊は元を正せばただの熊だ。何時ぞや退治された個体だったんだろうが、死んだその鬼熊の魂があの裏山で放棄されていた社に住み着き、たまたま供物を捧げに来たところをあの子は運悪く憑かれた――そんなところだろう」
「社って……そういえば……、由紀ちゃんも神社に御供え物をするって言ってました……。でも、そんな神社があの裏山にあったなんて……」
「普通なら気付きようが無い。長い年月のうちに朽ち果て、木と同化し今じゃもうその痕跡を見つけることすら困難な程だ。だが、あの子はそれを見つけた。きっと見えちまったんだろう。その縁間様って奴の存在を信じ切っているあの子には、その社が恐らく“はっきりとな”」
「そんな……」
「そうじゃなければ、眠った社なんか素人の人間に見つけられるわけがない。俺でも探知するのに苦労したぐらいだ」
「でも……どうして由紀ちゃんが……?」
「さっきも言ったが、あの子は運が悪かったんだ」
「でも、運が悪かったって……他にも、縁間様のおまじないをやっている子なんていっぱいいたはずなのに……。それなのに……」
栞の脳裏にはあの痛々しい由紀の姿がこびりついて離れない。
鬼熊という妖怪に友人を傷つけられたという事実が胸の奥でどこにぶつけたらいいのかもわからない憤りとなり、彼女は「どうして由紀ちゃんだけが、あんな酷い目にあわなくちゃならなかったんですか……ッ!」と泣きながらに声を荒げた。
しかし、それを聞いた途端にコートの男の様子が変わった。
ズボンに両手を突っ込みながらコツコツと革靴を鳴らし、栞の前に立つと「そりゃあどういう意味だ」と男は宮瀬に支えられる形で地べたに座り込んでいた彼女を見降ろした。
男の眉間には皺が寄っている。
「酷い目にあったのが違う子なら良かったか?嬢ちゃんは、あの由紀って子じゃなく、別の人間が犠牲になれば良かったって言うのか?おい、どうなんだ?あ?」
そうしてコートの男は栞に言い迫るが、相手は小学生だ。すかさず宮瀬が「子供相手に何をやっているんですかあなたは!」とその間に入り、沈黙し俯いていた栞から男をすぐに引き離した。
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