68人が本棚に入れています
本棚に追加
「いいですか、彼女だって被害者なんです!友達のあんな姿を目撃したんですから……。今は、彼女の心のケアも必要じゃ……」
コートの男の前に立ちはだかりそう言いかけた宮瀬だったが、その言葉を遮るように「うるせえ、これも教育だ」と彼の胸を小突いた男は再び栞の前に立ち言った。
「いいか、嬢ちゃん……。怪異に取り憑かれる奴ってのは、大抵取り憑かれるだけの理由がある。今回の件で言えば、あの由紀って子は何かを鬼熊に願ったはずだ。カエルの死骸を供物としてな。その願いが何だったのかは俺にもわからなねえが、嬢ちゃんは、そうした『願い』の対極にあるものが何か知ってるか?」
無言のまま栞がおもむろに首を横に振る。眉間に皺を寄せたまま、男は彼女を諭すような冷静な口調で「わからねえなら俺が教えてやる」と続けた。
「誰だって1つか2つ叶えたい願いや夢ってやつがあるだろうが、人間って奴はな、その願いを安易に神様に押し付けがちなんだよ。どうか願いが叶いますようにと、いつだって人間は神様に頼る。だが、もしその願いが叶わなかった時、人間はいったいどうする?己の力量不足とか、不運だったとか、それで納得出来るならまだいい。だが、実際はどうだ?心の奥かどこかでこう思ったりする人間もいるんじゃねえか?“ああ、やっぱり神頼みなんて意味がないんだ”、“神様に頼った自分が馬鹿だった”と――」
コートの男は内ポケットの煙草を取り出し火を付ける。そして、男はふうと煙を吐くと栞に言った。
「『願い』の対極あるのも――それはな、いつだって『呪い』でしかないんだよ……」
そうして、コートの男は由紀が鬼熊という怪異に憑依されたその全貌を静かに語り始めた。
最初のコメントを投稿しよう!