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「人間の恐怖心、信仰心によって生み出され、“疑似的な神格化を遂げた霊魂”――つまりは、“偽物の神”。そいつが、あの由紀って子の縋った縁間様とかいう奴の“本当の正体”だ」
沈黙していた栞はそれを聞いて小さく呟いた。
「あんまりですよ……そんなの、あんまり……です……。由紀ちゃんは本当に縁間様を信じていたのに……。それが、怖い熊の妖怪でしかも偽物の神様だったなんて……」
「大半の奴はまじないに対して半信半疑だったはずだ。しかし、たとえ遊びのつもりでもその交霊術の儀式はしっかりと機能していた。そして、意中の相手と縁がないという結果になった奴等は勝手に落胆、あるいは絶望し、儀式によって呼び出した鬼熊の霊魂に対して“ある感情”を少しづつ蓄積させていった」
コートの男は「それが何かわかるか?」と栞に聞いた。
しかし、栞には男が何を言おうとしているのかがわからない。おまじないの結果が出たあの時、確かに由紀は絶望していたのかもしれない。それを間近で見ていた栞だが、由紀がそこでいったい縁間様に何を思ったのかまでは知る由もない事だ。
口を噤んだ彼女の様子を見て男は「だろうな」と嘆息した。
それから男が「嬢ちゃんには少々ショッキングな事かもしれねえが……」とそう言い掛けた時、そばにいた宮瀬が急にはっとした顔をして一歩足を踏み出した。
それは、これ以上の精神的負担を栞に与えまいとする彼の優しさの表れだったのだろう。
だが、それを片手を軽く上げて静止した男はおもむろにこう栞に続けた。
「いいか、嬢ちゃん……。何かを信じていればいるほどな、それに裏切られた時の怒りや悲しみってやつは深いもんだ。だからこそ、人間は傷ついたその心の溝に蓋をしようとする。それが、“怨み”という負の感情だ。その感情が小さかろうと大きかろうと、積み重なった怨みはやがて怨念となり、大きな呪いを呼ぶ“礎”となる」
そう言って、コートの男は神妙な面持ちを見せると「因果応報って言葉があってな……」と、口に含んだ煙をふうと宙に吐いた。
「……今回の事件を引き起こした犯人とでも言うべきか。とうに忘れられ、眠っていた社と熊鬼を起こしたのはな、他でもねえ。あのまじないを口伝いに伝播し、それを悪戯に試した奴等だ。つまり、嬢ちゃんの学校にいる――“生徒全員”なんだよ」
それに思わず俯いていた栞がコートの男の顔を見上げた。
「そ……そんな……ッ!?」
「だから、宮瀬も俺も言っただろ?あの由紀って子がああなったのは――“嬢ちゃんのせいじゃない”――ってな」
煙草を口に咥えながらそう栞に言うと、男は怪しい笑みを浮かべた。
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