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「そして、原因その3だ――」と、男は最後に中指を折り曲げると栞に言った。
「それは――あの子が鬼熊に供物を与えたこと。それが、奴の力を解き放つ“決定打”になった」
「あの……御供え物が……?」
由紀は、縁間様のおまじないには続きがあると言っていた。
それは、10円玉が紙の上に書いた円の外から外れてしまい、好意を寄せる相手と縁が無いという結果になっても、縁間様に直接御供え物をすればもし縁の無い相手でもその縁を結んでくれるというものだ。
言わば、それはおまじないが失敗した時の救済処置である。
おまじないで10円玉が円の外へと出てしまった由紀は、咄嗟にその救済処置として鬼熊の魂の拠り所である社に蛙の死骸を供えた。
「嬢ちゃんの言うように、あの子以外にもまじないをやった奴は大勢いただろうし、実際に最後の悪あがきとして供物を置いてった奴もいただろう。だが、それでも鬼熊はそいつらに取り憑こうとはしなかった」
栞を見つめる目つきの悪い男の眼差しが一瞬哀れんだようなものに変わる。その目を閉じて「その理由は、簡単だ」と、男は煙草をひと吸いしてから栞に言った。
「どうして他の奴等が鬼熊に取り憑かれなかったのか……それは、単純に――“その願いが純粋なものだったからだ”」
そして、「結論から言おう」と男は続ける。
「まず、怪異に人の願いは通じねえ。たとえその力があったとしても、人なんぞの願いを叶える気なんて端から無いようなクソッタレだ。それに、『まじない』をどうして呪いと書くのか、その意味も良く考えてみろ。怪異はいつだって『願い』ではなく“『呪い』に耳を傾けるもんだ”。それなら、あの由紀って子はいったい何を願った?その縁間様とやらに、何を祈ったんだ?」
由紀の願い――それは、“1つ”しかなかったはずだ。
クラスメイトである木村 剛典との縁を結んでもらう。それが彼女の願いだったと栞は答えた。
しかし、男はそれに「違うな」と即答する。
では、彼女は何を縁間様に願ったというのか。大嫌いな蛙をその手で殺し、死骸を供物として捧げてまで……。
困惑した栞は枯れそうな声で男に尋ねた。
「何が違うって言うんですか……?だって、由紀ちゃんは本当にたかのり君の事が好きだったから……だから、おまじないを最後までやろうとしたんです……。御供え物をすれば、縁の無い相手でも縁を結んでくれるって……由紀ちゃんは、わたしにそう言ったんです……」
陽の落ちた道路には街灯が灯り、薄暗い中で煌々と赤く燃えていた煙草の火が地面に落ちる。男はそれを革靴の裏で踏みつけながらふんと鼻を鳴らした。
「初めはそのつもりだったのかもしれない。しかし、“魔が差す”ってこともある」
「どういう……意味ですか……?」
「『人を呪わば穴2つ』――。いいか?あの子は何かを願ったんじゃねえ。あの子は……」
――“『誰かを呪ったんだ』”――。
その男の言葉を聞き、彼の後ろで表情を曇らせていた宮瀬が見かねた様子で口を開いた。
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