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「もう、いいでしょう。それ以上……彼女に何か言うのは僕が許しません」
宮瀬は悲痛な思いだった。
彼女は友達から怨みをかった。そして、その友達は彼女を呪わんと怪異に祈った。
『人を呪わば穴2つ』――今回の怪異騒動の結末は、由紀という彼女の友達自身が招いていたということは宮瀬にもわかっていたのだ。
何かを願う者もいれば、何かを呪う者もいる。しかし、それは“常に同列にある人間の感情だ”。
『願い』の対極にあるものは『呪い』――。
『儀式』、『信仰』、そして『供物』を捧げる娘の感情を鬼熊は受け入れ、応えた。
呪いを孕んだ、その愚かな娘の――“魂を対価”として――。
男は振り向くでもなく宮瀬に背をむけたまま両手をズボンのポケットに入れふてぶてしく言った。
「……なんだ、宮瀬。お前には、俺が嬢ちゃんを虐めてるようにでも見えたか?」
宮瀬はそれに「ええ」と頷き、男の背中を睨む。
「知らなくてもいい事まで無理に教えるのは、教育ではなくもはや暴力です。確かに、彼女にとって今回学ぶべき教訓はいくつかあるのかもしれません。でも、彼女は一度失いかけた友人と再会することが出来た……。今は、それだけでいいじゃないですか」
宮瀬は「後は、僕にまかせてください」と、男の横をすっと通り過ぎ栞の前に膝を付いた。そして、憔悴しきったような彼女の肩に手をそっと置き彼は優しく微笑んだ。
「もう、家に帰ろう」
――それからしばらくもしない内に、由紀の乗る救急車を見送った道路の向こうからサイレンが聞こえ来た。煌々とした警光灯を回した警察のパトカーが学校の校門に向かって2台走って来る。
コートの男は路肩に立ちパトカーのヘッドライトに目を細めながら「お迎えが来たようだな」と呟いた。
片手を上げそのパトカーに合図を送ると、男は栞に背を向けたまま1つだけ約束してくれと言った。
「今日見聞きした事は“他言無用”だ。あの由紀って子も、自分がどうして病院に運ばれたのかなんて覚えちゃいねえだろう。それに、もしあのまじないがホンモノだったと他の奴等に知られれば、また余計な事態を招きかねない。だから、今日の事は忘れろ。そして、誰にも言うな。それが、“自分の身を護るということだ”。わかったな――?」
そして、2台のパトカーが男の前で止まると、先頭の車両から降りて来た2人の男性警官がすかさずコートの男を挟み込む形で囲い、後尾の車両からは止まるやいなや慌てた様子の女性が飛び出して来た。
その女性は、栞の母親である斎藤 美佐子だ。
美佐子は地べたに座り込んでいた栞を見つけるとそこに駆け寄り、彼女の体を引き寄せてぎゅっと力いっぱい抱きしめた。それに身を預け、「ママ……」と美佐子の背中に腕を回した栞はそっと目を瞑った。
温かい……。これまでの恐怖と不安が美佐子の体温に溶けていくかのようだった。閉じた瞳からは涙がこぼれ出て、栞は母親が迎えに来てくれたことに安堵した。
「栞ぃ……無事で良かったぁ……。本当に、本当に良かったぁ……」
「うん……迎えに来てくれてありがとう……ママ……」
抱きしめた我が子の頭に頬を擦りつける母親と泣きながら甘えるように抱き付く娘。傍にいた宮瀬はそれを穏やかな気持ちで見守った。
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