ー怪談Bar『深淵』ー

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 「なあ、俺このまえ青森に出張で行ってたじゃん?その時の営業所で実は怖い話聞いちゃってさあ」  「え、怖い話?なになにー♪」  このバーでは珍しくもない『怖い話』。  刺激を求めた連中が集い一緒に酒を楽しむ場所を提供しているのがこの怪談バーの役割でもあるが、こうして怪談好きの異性を連れてきては、その異性を怖がらせる為だけにでっちあげた作り話をする者が多いのも事実である。  故に、ここで見聞きする怪談話や噂話が“嘘か本当なのかを見抜く”――その嗅覚や洞察力も『怪異狩り』にとっては必要なスキルと言える。無駄な調査は一銭の金にもならないのだ。  そして、スーツの男は「実はさ……」と続けた――。  「青森のS市っていう所に本郷村(ほんごうむら)っていうところがあるんだけど、その近くに『星見(ほしみ)の森』って呼ばれてる深い森があるんだ。その森では昔から何人も行方不明者が出ているらしくてさ、今でもその行方不明になった人は死体すら見つかってないんだって」  その話にまず反応を示したのは理沙だ。彼女は横目で隣でぷかぷかと煙草を吸っている影彌の脇腹を肘で突き彼の耳元で言った。  「ねえ影彌……あんたこういう展開を待ってたんじゃないの……?」  それに影彌は「んー、まーだ早いかな」と煙草を咥えながら答えた。    スーツの男の話は続く。  「なんでも、その行方不明になっている人っていうのにはがあるって話なんだけど……その共通点って、なんだと思う?」  その勿体ぶった物言いに、思わず理沙がカウンターに突っ伏して彼らに聞こえないよう小声でツッコミを入れた。  「なんだと思う?じゃねーよ……!こっちはここで何時間待ってると思ってんのよ……!早く教えろっつーのクソッ……!ちなみにだけどね……あの露出度高めの派手な女は、次に手を顎に当てながら可愛い子ぶってこう言う……『ええーわかんなーい!』となッ……!」  その理沙の予言通り、派手めな服の女は手を顎に当て「ええーわかんなーい!」と言った。  「ほらね」とそれにほくそ笑む理沙の後ろで、スーツの男は得意げな顔で女に言った。  「共通点はね、なんだ」  「……カップルのどちらか?それってどういうこと?」  「星見の森っていう所は、その名前の通り星が良く見える場所が森のどこかにあるらしくて、地元では密かなデートスポットになっているそうなんだ。そこをカップルで訪れるとね……断末魔の悲鳴と共に“そのカップルのどちらかは闇の中に消えて二度と戻って来ない”……っていう話だ……」    それまで興味がなさそうに煙草を吸っていた影彌は、そのスーツの男の言葉を聞いた途端に目の色を変えた。  煙草を灰皿に押し付けて影彌が席を立つ。  「理沙、行くぞ」  「え、えっ?いま?なんでッ!?」    急に席を立った影彌に驚いた理沙は「本当に自己中なんだから……」と悪態をつきつつも彼の背中を追った。
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