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「でも……まさか栞ちゃんがこの事件の事を調べていたなんてね。まぁ、そのおかげで当事者の人たちの住所がこうしてお手軽にわかったわけだけど……」
理沙は車の窓から外を見て少し黙った後、浮かない顔をしながら「それにしても、なーんか昨日の夜の栞ちゃん様子がおかしかったのよねぇ……」と呟いた。
それもそのはずだ――。
昨晩、影彌は栞の部屋から戻ると彼女が事件について調べていたことを理沙へと打ち明けていた。そして、彼は同時に栞のところに当事者たちの住所を聞きに行ってくれないかと彼女に頼んでいたのだった。
もちろん、栞には自分が凪屋だということも、実は調査でここを訪れていることも隠したと彼女には告げて。
「なんていうか、私が影彌に協力していることに対してすごく驚いた顔をしたのよあの子……。でも私、言ったんだよ?これは“あいつの単なる趣味なんだけどさ”って、渋々付き合ってやってるんだって……。あんたが栞ちゃんに話したって言った、その“設定通り”にさ」
先の信号が青から黄色へと変わり、それに目をやった影彌は何も言わないまま冷静にブレーキへ足を置くとそっと停止線の前で車を止めた。
車内に流れるラジオでは、ふざけたラジオネームのお便りを名前も知らないDJが紹介している。そこでリクエストされた曲も、これまた名前も知らない歌手の曲だった。
『いや~これは朝から元気が出る曲ですね、それでは聞いて頂きましょう!スピンズで――“未来を夢見て”』
会話の止まった車内に陽気なメロディが押し寄せて来たとろこで、影彌はラジオを切った。刹那に沈黙する車内。そこで、少し不安げな面持ちをした理沙が「あとさ……」と口を開らいた。
「……それにね、私が部屋を戻る時に栞ちゃん、態度には出さなかったけど……なんか……怒ってるみたいだった……」
青く点灯していた歩行者用の信号は次第にチカチカと点滅を始めるとすぐにぱっと赤へと変わり、車用の信号が進めの合図を出す。
車のギアを入れ直した影彌はアクセルを踏み、そして、吹き上がるそのエンジンの音の中に言葉を隠すようにして、彼は小さく呟いた。
「……だろうな」
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