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プロローグ
ある夏の夜の出来事だ――。
暗闇が広がる山道を青い軽自動車が1台走っていく。乗っているのは派手な格好をした若者の男女が二人。
「この先に星がめちゃくちゃ綺麗に見えるところがあるんだってさ」
「まじぃ?ちょー楽しみッ!」
そんな会話をしている二人を乗せた車の中では、重低音の音楽が大音量で鳴り響いている。
「おっと、この辺りだな」
すれ違う車も無い山道の路肩に車を止め、運転していた男は車のエンジンを切る。垂れ流していた大音量の音楽は止まり、途端にしんと静まり返った真っ暗な山中で二人は車を降りた。
体を密着させながら、まるでアーチの様に木々が重なる森の中を懐中電灯の明かりだけを頼りに二人は奥へと進んで行く。
「この先の森が開けた所から見る星が最高だって地元の先輩から聞いたんだ」
「え―そうなの?でも、真っ暗だしあたしこわーい!」
「あはは、怖がりかよ!」
笑い声を混じらせ、そうして二人が濃く茂る森の中を進んでいると、次第に木々の切れ目から星空が見えてきた。そして、徐々に二人の視界が開けていく。
二人は息を飲んだ。
「すげえ……こりゃあ先輩の言ったとおりだ……」
「うん……うんうん……すっごい、こんな星空あたし見たことない……」
そこには目を奪われるほどに満天の星空が広がっていた。それを見上げながら男がおもむろに口を開く。
「明美……実は俺、前からお前のことが好きだったんだ。俺と、その……付き合って欲しい」
「優くん……嬉しい……」
「明美……愛してる……」
そうして、しばらくのあいだ二人はその星空の下で愛し合った。
事が終わり、二人は帰路につこうとしていた。
「そろそろ車に戻ろうか」
そう言って男は懐中電灯の明かりをつけ、女を背に元来た道を戻っていく。足元を懐中電灯で照らしながら男が歩いていると、少し怯えたような声で女が聞いた。
「……ねぇ、いま何か言った?」
「……いいや、何も?」
「そう……?でも……確かに何か聞こえた気がするんだけど……」
「あはは、気のせいだって!明美は怖がりだなぁ」
そう言った瞬間、男は囁くような不思議な声を耳にした。
――振り返るな……。
なんだ……今の声……?
男が「なあ、今のって……」とそう言いかけたその時、突然背後から女の悲鳴が聞こえた。
「きゃあああああああああッ!!」
その声に男は咄嗟に後ろを振り返った。
「どうした明美ッ!!」
懐中電灯の光が悲鳴のした方へ向けられる。
「あ、明美……?」
男は暗闇の中で懐中電灯を左右に振るが、さっきまでいた女の姿が一向に見えない。
「お、おい……ど、どこに行ったんだよ明美……悪ふざけはよして早く出て来いよ!このままだと置いてっちまうぞ!なあ、明美ぃ!」
その男の声は漆黒の深い森の中で木霊した。だが、辺りで騒めいていた小さな虫たちの鳴く音が無数に折り重なり、乱反射するようにそれをかき消していく。
「……う、嘘だろ……な、なんでいねーんだよ…………明美……明美ぃ…………!!」
今まで男の背後にいたはずの女はまるで断末魔のような叫び声と共に忽然と姿を消した。
悲痛な残響と死の臭いだけをその場に残して――。
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